セシル×フリオニール


二人だけになってしまったね、なんて。そんなことを声に出してしまえば絶望が深まるだけだと知りつつも、ここまでくるといい加減、大声で喚き散らしたい気分にもなってくる。
二人だけだ、もう終わりだ、絶望だ。
喉が嗄れてしまうまで喚きに喚き、体中の澱を吐き出した後で僕は笑うのだ。好きだったんだよ――正直僕と君二人だけしか存在しないこの時間も、考えようによっては幸せなものだと思っているんだよ、とかね、身勝手な修飾を施した好意を告げながら。
自棄を起こしているわけじゃない。この状況――徐々に姿を消していった仲間たちがついに誰もいなくなってしまってからのこの数日を、僕は確かに絶望だと思っている。おまけに僕ら二人も決して浅くはない怪我を負ってしまっているのだ、回復薬などとっくに切れてしまったというのにね。もう、以前のように先へ先へは進めない。無理だ、と思ってしまった時点で僕は、この戦いの日々に負けてしまっている。
それでも、隣にね。彼がいてくれるなら、二人で終わりを待つというのもそれはそれで情緒的なのかもしれないね――とかさ。摩耗してゆく精神の奥の方にちょっとだけ、そういう気持ちがある。現況を嘆く僕も、現況に幸福を感じる僕も、どちらも同じ僕だった。

「――ああ、よかった」
「……フリオニール?」
か細い声につられるように、瞼を持ち上げる。瞼を、持ち上げた。ということはつまり、今の今まで僕は眠ってしまっていたのだろうか。これはいよいよ危うい。僕の意志とは無関係に体が眠りを欲しているのだ。それほどまでに疲弊している。
「セシルが目を覚まさなかったら、ほんと、どうしようと思った」
ぼやける視界の中心で、フリオニールが照れくさそうに笑っている。そんな彼ももう、見てわかるほどに体中がぼろぼろだ。
「君を一人にはしないよ」
「俺もだよ。一緒に頑張るんだぞ、セシル」
きっと――彼だって、いくらかの絶望に足元が揺らいでいるはずなのに。あからさまな空元気だとは分かっていても、彼が紡ぐ言葉はこうなった今になっても希望に満ちている。彼はこんな状況でも前を向こうとしているのだ。そんな彼に、僕が二人だけの世界にそれなりの幸福を感じていることなど言えやしない、言えるものか。
「――フリオニール」
「うん、どうした?」
今になって分かる。彼が好きなのだというこの気持ちを綺麗に昇華させたかったのなら、僕はもっと早くに、絶望などが訪れる前に、彼への好意を伝えておくべきだったのだ。こんなことになるまで後生大事にしまっておいたものだから、ただ純粋に想っていただけの気持ちがエゴに塗れてしまっている。
「なんていうか――少し言い辛いことなんだけど」
「なんだよ、今更遠慮なんてしないでくれ」
「うん……そのね。僕は――」
今更だから、言えないのだ。
今更、僕はこの好意を伝えるつもりはない。それでも一つだけ、何もかもが終ってしまう前に、僕は、一つだけ――
「――君との出会いを、とても幸福なことだと思っている。ありがとう――仲良くしてくれて」
恋慕という感情を隣に隣に置いておいたとしても。ただただ、何も持たずに呼び出されたこの世界で「彼」という心を許しあえる青年と出会えたことをとても感謝しているのだ。辛いこともたくさんあった。けれど一緒に探索をしたり、武器を磨いたり、食事の準備をしたりとか――そんな他愛もない彼との時間がどれほど僕に安堵を与えてくれたかなんて、到底測りきれるものではない。
「やめろよ。そんな、終わってしまった話みたいにしないでくれ」
「ごめんね。少し弱気になってしまってるみたいだ」
「俺はさ、セシル」
「なんだい」
「その――セシルがな。最後まで俺の隣にいてくれることを、とても、嬉しいと思ってるよ」
「……さては君も弱気になってるね、フリオニールってば」
「うん、……はは、そうみだいだ。人のこと言えないな」
草の擦れる音がする。重い体に鞭を打って寝返りを打ってみれば、隣。至近距離に、くたりとほほ笑むフリオニールの、あどけない顔があった。
「ちょっと休むよ。その間の見張り、よろしくな」
「ああ、任された。ゆっくり休むんだよ、フリオニール」
「ありがとう――セシル」

もし再び、随分前にあったことをなぞるように、何も記憶を持たない状態で出会ったとして。そうしたらまた、僕と仲良くしてほしいんだ、フリオニール。今度は取り返しがつかなくなる前に好きだって言うからね。同じ言葉を返してくれたら嬉しいな、なんてね――ああ全く、なんて都合のいい妄想をしているんだろう。
君は僕が守るよ。だから今はゆっくりと眠るといい。




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