暗闇の雲×セシル


ふらりと暗闇の雲の領域に現れたのは、珍しい顔だった。
地面から浮遊している暗闇の雲とは違い、セシルは日本の足で少しずつ暗闇の雲へ近付いてくる。

「こんばんは」

当然のようにセシルは言ったけれど、今が夜なのかどうかは雲には不明だ。そもそもそんな概念を雲は必要としていない。朝だろうが昼だろうが関係のないことだったので、ただ頷くだけに留めた。

「迷ったようには見えぬが、何の用じゃ」

雲の問いにセシルは答えない。雲を見上げるようにして、黙ってそこにいた。
こんな時、己に人の思考を読める能力でも備わっていればいいのにと雲は思う。人間が他人へ向ける感情、葛藤、そういったものを覗けたら、おそらく少しは暇潰しになるに違いない。しかし望んだところで雲はセシルの考えを見透かすことは出来ないので、とりあえずセシルを眺めていた。
だがすぐに飽きて触手を好きなように遊ばせていたら、ようやくセシルが口を開いた。

「僕には、あなたがとても美しく怪しい存在に見えるんですが、あなたには僕がどんな風に映るんでしょう」

ぴたりと触手の動きを止める。
雲を褒めていると見せかけて、実際は自分がどう思われているかを満たしたいだけのよ印象を受けた。
なるほどならばセシルはただ自分の欲を満たすためにわざわざここへ来たということになる。中々いじらしい面があるではないか。
雲は唇のきざはしを持ち上げる。
雲からの返答を待っているセシルを眺めるのは、先程のようにただ見ているだけよりもずっと楽しくて有意義な時間だった。





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