セシル×暗闇の雲



敵が近くにいるに気付かずテントを張るなど不覚にもほどがあるのだが、それよりも景色に心を奪われていた。
顔を洗おうとした泉の内で、暗闇の雲がゆらゆらとしていた。空から注ぐ月と星の明かりを、白い裸で反射して、仰向いた体が魚のように。
呼吸をしていないらしい彼女の姿を遮る気泡はなく、波紋が柔らかなガラスのように彼女を閉じ込めている。
確かに明るい夜ではあったが、彼女の体はそれ以上に光って見えた。
赤い目が、呆然としているセシルを捕らえる。離さないままに、ゆらゆら。
同じ色の唇が、何事かを言うように動いた。セシルは無意識にその形を自分の唇で真似る。
お、い、で。
頭の中の息で発音すると、くらり。
誘惑に傾いたのは彼女の眷属である暗黒だろうか。それとも、対となる筈の聖なる祈りか。
セシルが迷う間に、白い指先が、水を、弾いて。




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