非現実的なほどに真っ赤な夕暮れ。いつもは優しく淡い橙に包まれているはずなのに、今日は人も町並みも、なにもかもが不気味に染まっている。
血の色をした太陽を背景に、黒く濃く伸びる影が一つ。逆光で表情は見えないが、三日月を描いたような口元だけがはっきりと存在を主張している。
「何処、いってたんですかィ」
影は低く唸るように言った。その影は昔からよく知る馴染みであり、そして信頼を寄せる仲間だ。それなのに、なんだこの違和感は。足元からゆっくりと黒い不安が這い上がってくる。脂汗がつう、と首を流れたのがわかった。
「テメーこそ、何処ぞでサボってやがったんだ?」
「俺が聞いてるんでィ。答えなせィ」
「あぁ?こちとらテメーみてえにサボらず仕事してたんだよ、仕事。」
嫌味を口にしながら眉間に皺を寄せる。しかし総悟はその嫌味に反応することはなく、口角を吊り上げニタニタと気味の悪い笑みを貼り付けながら、一歩、また一歩と近づいてくる。コツコツと響く踵の音が、まるでカウントダウンのように聞こえた。
「土方さん。俺ァ知ってるんですぜ…?」
「あぁ?」
「アンタが人目を忍んで誰に会いに行ってるか、をでさァ」
「…何言ってんだ、テメー。」
「いいんですかィ?仮にも幕臣である副長様が、攘夷志士と懇ろになるなんて」
「冗談も大概にしろ。いい加減にしねぇとその舌、引っこ抜くぞ」
ドクンドクン、と心臓が脈打つ音が体中に木霊している。言葉の端々に動揺が現れないようにするので精一杯だ。一刻も早くこの場を切り抜けなければならない。俺は「何時も通りの自分」を演じるため、胸ポケットに入っている煙草を取り出し、火をつけた。
ゆれる紫煙までも、赤く染まっている。
「いいですねィ、禁断の恋仲。仲間を裏切ってるという背徳感が癖になってるんでしょう?」
「……おい総悟。次はねーぞ。黙れ」
「俺はね、土方さん。アンタが好きなんでさァ。……だから、許せない」
「は、?」
「ねえ、何でアイツなんですかィ?どうして俺じゃねーんです?姉上も捨てたくせに、俺まで捨てるんですかィ?」
「ッ!」
15メートルほどあった距離が、徐々に縮まってきている。ああもう5メートル、4メートル、3メートル、2メートル、そして1メートル。
「俺を、選んでくれないなら…、誰か、他のヤツのモンになっちまってるんだったら、俺ァ……」
「総、悟……」
先ほど感じてた異様な空気は一掃され、総悟は俯き小さく肩を震わせた。そこには、幾ばくか幼い、18歳の少年がいた。
確かに、俺は仲間に顔向けできないことをやっている。罪悪感がなかったわけじゃない。ただ、もう少し、あのぬるま湯に浸っていたかった。だがもうそれも終いだ。
後悔と自責の念に駆られながら、俺は総悟の肩に手を掛けようと腕をあげ、―――腕が、ない、?
何がなんだかわからない。なんだ、これは。そして、感じる激痛。ゴトリ。背後で何かが落ちた音がする。血が、噴き出す。総悟が、刀を、抜いていた。
「え、そ、うご……?」
「もう汚れちまったアンタなんか要らねぇや。土方さん、死んでくだせェ」
♪椎名林檎
20110222
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