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「一週間で、どんなひとも生まれ変わるんだよ」


それが、銀時が姿を消す一週間前に言った言葉だった。

家賃滞納しすぎてアパートを追い出された銀時と同棲することになり、早2年。銀時は全くと言っていいほど働かず、最早ヒモみたいになっていたが、その代わりに炊事に掃除に洗濯といった、家事の全てをやってくれた。仕事が忙しい俺にとって、それはすごいありがたいことで、さらにアパートに帰れば出迎えてくれる人がいるっていうのも、すごく嬉しかった。そして、仕事で疲れた俺が帰ってくると、玄関先でお決まりのセリフを言うのだ。


「おかえり。ご飯にする?お風呂にする?それとも、俺にする?」


バカみたいなやり取り。それが楽しかった。ケンカもするけど基本的に関係は良好で、毎日「おかえり」って銀時が言ってくれるから、しんどい仕事も頑張れた。

上手くいってるって、思ってた。なのに、銀時はいきなり姿を消した。




その日は会社の飲み会で、上司に飲まされまくった挙句、泥酔状態で帰宅した。銀時は呆れていたが、気分最悪で動けない俺を甲斐甲斐しく介抱しつつ、風呂にも入れてくれて、着替えもしてくれて、最後にはふかふかのベッドに寝かせてくれた。そのとき思った。コイツとずっと一緒にいれたらいいなぁって。


「トシくん、大丈夫?」
「だいじょぶ……」
「水いる?持ってこようか?」
「ん、いらない……。ぎん、」
「なに?」


酔っていたのもある。眠かったのもある。でもそれより大きかったのが、優しい手つきで髪を撫でる銀時が、すごく愛しく思えたから。


「ずっと、一緒に、いような……」
「……うん」
「ほんと、ごめ……ありがと、……」


そのとき、銀時が泣きそうな顔をしていたような気がするが、気持ち悪さと愛しさでいっぱいいっぱいだったので、よく覚えていない。
銀時に対して初めて素直になれたことと、自分の精一杯の愛を伝えたことで満足した俺は、睡魔に任せて、ゆっくりと瞼を閉じた。


「トシくん」
「ん……?」
「一週間で、どんなひとも生まれ変わるんだよ」
「うん……」
「だから、俺は……」


銀時はまだ何か言っていたが、もうそこからは覚えていない。
昼過ぎ、二日酔いになってないことが奇跡かのようにスッキリと目を覚ませば、隣りにいるはずの銀色がなかった。それどころか、この部屋に銀時がいた形跡まで、何もかもなくなっていた。冗談のつもりで買ったペアのマグカップ、ハブラシやアイツ専用のヘアアイロン、下着や服、なにもかも。けど、テーブルの上に、一つだけアイツの置いていったものが残っていた。メモだった。それには短く、こうかかれていた。


「だから、俺は無敵のスーパーマンにもなれるはず、か……」


ふう、と溜息と共に煙を吐き出して、汚い字で書かれたメモ用紙を見つめた。
一週間で人が生まれ変われるはずねーだろ。つーか、スーパーマンってなんだよバカ。アホ。クソ天パ。眼の奥が、じん、と熱くなる。畜生、泣くもんか。あんなヤローのために、誰が!でも、なんでなんだ。クソ、クソ、クソッ―――!
じんわりと視界が滲み、涙が零れ落ちそうになった、その瞬間、ガチャリ、と玄関が開く音がした。チャイムは、なってない。つーか、鍵かけてたよな。もしかして、もしかして。
恐る恐るリビングに入ってきたのは、俺がこの一週間憎んで憎んで憎み抜いて、恋焦がれた男だった。


「た、ただいま…」
「ぎ、……テメェッッッ!!!!」
「ちょ、タンマ!怒る前に俺の話聞いてッ!!」
「おま、もう、クソッ…なんだよ!」


思わずぶん殴りそうになった右手をどうにか押さえて、俺は目の前の男を睨んだ。強張った顔の銀時は俺をベッドの縁に座らせ、自分はフローリングに正座した。


「とりあえず、黙って出てって、ごめんなさい」
「……」
「それから、トシくん。俺と結婚してください」


そう言った銀時が着古したジャケットのポケットから出してきたのは、まさかの指輪だった。え、なにこの展開。


「前さ、トシくん、俺とずっと一緒にいたいっていったじゃん」
「え、あ、…うん」
「俺そのときさ、このままじゃ駄目だって思ったんだよ。だって俺ヒモじゃん。トシくん幸せにできないじゃん」
「いや、あの……」
「一応俺挿れるほうだし、男側だし、ちゃんと好きな人養わなきゃって思って、この一週間、死ぬ気で仕事探して、就職した」
「まじでかッ…!」
「変な職種だけど、一応ちゃんとした会社だし、給料日払いだったから、とりあえず指輪、買ってみた、んだけど…」


俺の反応を伺う銀時は、すごくビクビクしていた。そりゃあ、プロポーズしたんだもんな。断られたらどうしよう、って考えてるに違いない。バカだ。コイツはバカでアホで、まるで駄目なおっさんで、そして、俺の、大切な、人だ。
俺はベッドから下りて、早くも涙目になっている銀時の頬を、軽く叩いた。


「イテッ」
「お前って、ホント、頭悪いよな」
「えっ…」
「俺は、お前が一緒なら、幸せなんだよ」
「トシ、くん……」
「だから、スーパーマンにもならなくていい。そのままのお前でいれば、それでいいんだよ、バカ」




♪Syrup16g

20110502

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