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団地の中の棟は、そのほとんどが緑色をしている。建物全体を覆うようにビッシリと蔦が巻きついているからだ。
窓ガラスは割れているところが多く、壁には汚くアートとも呼べるラクガキがあり、不法投棄された大型ゴミがあちこちに放置されている。ぶっちゃけ、不気味すぎる。そんな中をスタスタと歩く坂田と高杉を少しだけ尊敬した。慣れてるとは言えども、怖くないのだろうか。いつの間にか離れていた手が、なんだか寂しい。そんなことを思っているうちに、二人は比較的に蔦の生えていない棟の前で立ち止まった。


「ここにいつも溜まってんの」
「へぇ…」
「他の棟は荒らされまくってるからな」
「ここ、55棟だから覚えといてね」


建物の上の方を見ると、確かに55という数字が見える。覚えといてね、ということは、また来てもいい、ということだろうか。


「行くか。」
「あ、辰馬とヅラ来てっかな?」
「どうだろな。ま、いてもいなくてもいいだろ」
「え、つーかさ。俺、行っていいの?」
「なんで?」
「いやだってその二人としゃべった事ねーし…」
「大丈夫だろ。」
「うん。二人とも変なヤツだし、多串くんなら大歓迎だよ」


俺なら大歓迎。坂田のその言葉が、とても嬉しかった。変な話だけど、認めてもらってるみたいな、そんな感じがして、嬉しかったんだ。
狭いコンクリートの階段をのぼり最上階である4階までくると、坂田は406号室と書かれた部屋のドアノブに手をかけた。俺の方を見ながら、鉄の扉をゆっくりと開いていく。


「多串くん、先入っていいよ」
「お、おう。おじゃま、します…」
「ハハッ、やっぱテメーいい子ちゃんだな」
「うっせ。……おぉお!すっげー!」


玄関で靴を脱ぎ、静まり返ったリビングに入る。そこは少年の憧れを詰め込んだような空間が広がっていた。壁側に積み上げられた大量の漫画とCD、カバーがやぶれて黄色いスポンジが見えているソファー、色違いの寝袋が4つ。床にはお菓子のゴミと、空の空缶やペットボトルが散乱している。坂本と桂は、いないようだ。


「ちょ、まじでやべぇ…!お前等の秘密基地豪華すぎんだろ…!」
「秘密基地っつーか、もう家、みたいな?」
「ま、そんな感じだな」
「うっわー…ちょ、まじですげぇって!ちょっとお前等尊敬した!」
「当たり前だろ」


ふふん、と得意気に笑った高杉はソファーにどっしりと座り、坂田は部屋の隅に置かれた黒いCDラジカセの所へ行き、CDを選び始めた。俺はこの部屋にあるもの全てがカッコよく、珍しく見えて仕方がなかった。興奮気味にきょろきょろと部屋中を見渡していると、ふわりと、独特のにおいがした。タバコのにおいだ。ふー、と、高杉が白い煙を吐いている。


「お前……」
「あ?」
「タバコ、吸うのか…」
「吸ってみるか?」
「……」


白い箱をちらつかせて、高杉が手招きをする。
子供はタバコなんて吸っちゃだめよ。小さい頃、母さんはタバコを吸う父さんに興味津々の俺にそう言った。でも、なんだかタバコを吸ってる高杉の姿は、とてもカッコよかったのだ。子供はタバコなんて吸っちゃだめよ。脳裏に浮かんだ母さんの戒めの言葉が、高杉の吐いた白い煙で見えなくなる。
俺は誘われるままに高杉の隣りに座り、手渡されたタバコをじっとみつめた。


「そっちを口につけて、吸いながら火ィつける」
「お、おう…」
「んで、吸い込んで吐き出す。肺までいれろよ」
「だめだよ多串くん。タバコとか止めときなって」
「んだよ銀時ィ。テメーも吸ってんじゃねぇか」


俺は教えてもらったとおり口にくわえて、吸いながら火をつけ、目一杯吸い込み、煙を吐き出した。その動作をやり終わった瞬間、頭がクラリとした。そして口の中に広がる苦味。大人の、味。


「おー、むせなかったじゃねぇか」
「な、んか…これ、すっげー……」
「ちょ、ほんとはまっちゃ駄目だよ多串くん!」


坂田が選曲した聞いたことないロックミュージックが流れ始める。ヘタクソな歌声だが、ひどく心地いい。もう一度、タバコを吸ってみる。クラリ。また脳みそが揺れる。


「…大人って、ずりぃよな」
「アァ?なんだよいきなり」
「自分たちだけこんなうまいもん吸って、俺たちにゃ吸うなとか、ずりぃ」
「子供のときからタバコすってたら、大人になっても高杉みたいなチビのまんまらしいけど、多串くんそれでいいの?」
「銀時テメェッ!」


廃墟の団地。秘密基地。ヘタクソな歌。タバコ。坂田と高杉。いけないこと。大人もルールも関係ない、俺たちだけの世界。

ギャアギャアと騒ぐ二人の間で、俺はいつになく笑った。近藤さんや総悟といるよりも、何倍もスリリングで、何倍も、楽しかった。






20110327

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