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水槽の中でゆらりと揺れる水草の間を青い熱帯魚が泳いでいる。それをずっと見つめている土方の横顔を、銀時が見つめていた。
アクアリウムライトだけが光る暗い部屋、火がついたまま放置された煙草が灰皿でどんどん命をすり減らしていく。二人の間に言葉はなく、水槽のフィルター音だけが彼らの鼓膜を震わせていた。

狭い水槽の中を自由に泳ぐ、熱帯魚たち。奔放に、無秩序に、美しく泳ぐそれを見ることができるのも、今日が最後だということを土方は知っていた。だから隣りで泣きそうな顔をしている男の視線を無視して、ひたすら水槽を見ていたのだ。男が振り絞るような声で話しかけてきても。


「なんで」
「…なにが」
「どうして」
「…わかってるだろ」
「わかんない。わかりたくない」


その声は震えていた。銀時は泣き虫だから、もしかしたら泣いているかもしれない。だが土方が彼を見ることはなかった。否、見ることができなかった。


「俺は、別れたくない」
「…駄目だって」
「いやだ」
「よく考えてみろよ。やっぱおかしいだろ、男同士なんて」
「そんなの関係ない」
「銀時。…無理なんだって。もう。」


銀時の幸せを考えての最良の選択が、これだった。余計なお世話と言われるかもしれない。けれど、同性という先の全く見えない未来より、異性と結婚し、子供を持ち、家庭を築くという未来のほうが、いいに決まっている。そっちのほうが、銀時は幸せになれる。

この考えに至るまで、土方は何度思ったか。もし俺が女だったら、と。女だったら、人目を気にすることなく手を繋いだり、場所を気にせず出かけたり、キスもセックスも、結婚も出産も、恋人ができる全てのことが容易くなるのに。
同性という壁は、土方が想像していたよりも厚かった。


「お前には、優しくてかわいい女の子がお似合いだって」
「トシくんじゃないと嫌だ」
「ほら、ゼミ一緒のちっさいショートの子とかさ。…いっぱい、いるだろ」
「ッ!テメーいい加減にしろよ!」
「…いい加減にすんのはテメーだろ。別れるつってんだから、男なら潔く別れろよ」
「お前、それ……本気で、言ってんの」
「……あぁ。本気だ」


嘘。本気なわけない。俺だって別れたくない。お前が好きだ。大好きだ。ずっと一緒にいたい。お前の傍で、ずっと笑っていたい。
喉まで出かかった本心をぐっと飲み込み、土方は目頭が熱くなるのを感じた。じんわりと視界の熱帯魚が滲んでいく。しかし、ここで泣いては全てが台無しになってしまう。彼は眦を吊り上げ、必死で涙が零れるのを堪えた。


「…わかった」
「……」
「困らせて、ごめん。……なあトシくん」
「…なんだ」
「本気で、俺のこと、好きだった?」
「ッ、…すき、だった」
「そっか…」


そして初めて、土方は銀時の方を向いた。銀時は泣いていた。何度となく彼の泣き顔を見てきたが、今日ほど心が締め付けられるものはなかった。
覚悟していたより何倍も、何百倍も、苦しい。




♪柴咲コウ

20110322



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