「…あっつい」
「そうだね」


外に出れば照り付ける太陽の日差しの暑さで、家の中では蒸し暑さに苦しむしかないのは夏の常識だ。
暑い、と呟いてしまうのも夏の口癖のようなものだ。
涼しさを求めて扇風機の微風を感じたいし、普段ならば少しは我慢出来る、恋人同士のイチャつきは流石に遠慮したい。
なのにこの男は、そんなことはどうでもいいかのように、ベッドに寝転び、わたしをその腕に抱き締める。


「だからね、暑いって言ってるの」
「ん、」


この分からず屋め!と思わず怒鳴りたくなる。
けれど、いつ以来かの二人きりの時間。
任務に明け暮れる毎日が、今日は久し振りの休みをもらった。
たまにならいいか、と思ってしまうのは、愛しいこの人の嬉しそうな顔を見てしまうから。

透き通る金の髪に優しく触れる。
ふわふわとした柔らかな髪が、ほんのすこし汗で湿っている。
暑いんでしょ、と訪ねても、暑くない、何て珍しく我が儘を言った。


「ねえ、寝るの?」


目を閉じたまま静かに息をする彼の瞼に、そ、と手を這わせれば、その手を払うことなく優しく握り締める。
わたしよりずっと大きくて綺麗な指先につい見惚れて、握られた掌と頬が熱い。


「寝ないよ」


ゆっくりと開かれた、碧く深い瞳に吸い込まれそうな感覚を覚える。
整った唇の口角を上げて、その台詞とは裏腹に眠そうに微笑んだ。

この人は四代目火影の候補。そう運命で決められている。身分の違う恋。
わたしは平凡な家に生まれ、普通の幸せな家庭で育てられた。
あなたとは住む世界が違うと言ったとき、そんなの関係ない、と言ってくれたあなたが力強くわたしの瞳を見つめてくれたこと、忘れはしない。

いつの間にか眠りについてしまったミナトの瞼に手を添える。
目を覚まして、覚まさないで。
今、あなたが目を覚ましてわたしの名を呼んでしまったら、わたしの決意がすぐ溶けて心はあなたの温もりを求めて戻ってしまう。
瞳の奥が熱くなって、止まることなくわたしの頬に伝う涙が溢れて仕方ない。


「ミナト…すきだよ」


ミンミーン、と蝉の声が聞こえる。
静かに一定のリズムを保ったままのミナトの吐息と重なっていく。
緩くなったミナトの腕をするりと抜けて、ギシ、と音を立て、ベッドから降りる。
もう一度ミナトに視線を落として、起きていないことを確認する。

木ノ葉の任務服に腕を通す。


「じゃあね、…ミナト」


額に唇を寄せて、わたしの涙がミナトの頬に一粒落ちた。








「あつ…」


いつの間にか眠っていたのか。
ふと気が付けば、扇風機の微風が頬を擽っていた。
首元のシャツをパタパタと動かして空気を入れる。
ぼーっと視線を動かして、足りない何かにやっと気が付いた。


「あれ…どこ行ったの?」


声を出して呼んでみても何処からも顔を出すことはない。
気配を探ってみても、見つけることは出来ない。
出掛けたのだろう、とあまり気にせずに、立ち上がって台所に向かう。

突然、ドンドン、と扉を強く叩く音がして、俺の名を叫ぶ声が聞こえた。
ガチャリ、と扉を開けば、焦ったように息を切らせた仕事仲間がいた。


「ミナトさん!…大変です!」



その後のことはよく覚えていない。


他里の裏の組織が四代目火影の俺の命を狙って、里の内部に入り込んでいたらしい。
奴等は俺の弱点を知り尽くしていた。
ただ唯一の弱点、俺の命の代わりに彼女を指定したのだ。

俺の命は死んだも当然だ。


蝉の鳴き声がうざったいほど耳の中に響き渡る。
枯れることなく溢れて出る涙を、誰が拭ってくれるのだろうか。
また俺の隣で笑ってくれよ、そんな願いも届くことなく、ぽっかりと穴を空けた俺の心に消えて行く。




願って止まないだけのコメット



101107.
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