「ナルトー!」
「うわ!何すんだってばよ!」


こいつとは馬が合わない。
そう、オレにとって唯一の苦手人物。
性格上、誰とでも直ぐに打ち解ける筈なのに、何故かこいつには付いて行けないし、付いて行きたくない。
今だって久し振りに一楽でラーメンを食べている最中に、突然耳を引っ張られて、至近距離で大声で名前を呼ばれた。
頭の中にまだその声がキンキン響いている。


「ちょっとお願いがあるの!」
「…やだ」


掴まれていた片手を振り払って、ラーメンの箸を手に取る。
突然何がお願いだよ、と文句を吐きたいのは山々だが、これを言ってしまったらオレの人生に終わりが目に見える。


「…へえ、人が頼んでるのにそう言う言い方するんだ?」


後ろから殺気を感じた瞬間、オレの意識は何処かへ飛んで行ってしまった。

意識が戻り、目を開けば見知らぬ天井が広がっている。
そこに小さく広がるシミがあり、ああ、シミがある。何て思う不思議と余裕もある。


「気が付いた?」
「…お、お前!」


聞き覚えのある声に導かれ、視線を泳がせば、大嫌いな女の姿。
体を思い切り起し、立ち上がると、いい加減にしろ、と怒鳴りつけようと身構える。
しかし、そいつの腕には小さな赤ん坊が静かに寝息を立てている。
しー、と人差し指を立てて、声の音量を下げる様に促す彼女に、思わず自分の掌で口元を押さえた。

蝉の泣き声が遠くから響き、扇風機の柔らかな風が、赤ん坊のまだ生え揃わない髪を優しく靡かせる。

少しの沈黙のあと、彼女がゆっくりと口を開いた。


「無理矢理連れて来てごめん」


初めてだった。
こんな表情をする彼女を見るのは。
その横顔は何処か寂しそうに微笑い、愛しい者を見るような視線を赤ん坊に向けていた。
オレは息を呑んで、彼女の横顔を見つめた。
ひとまず、どさ、とその場に座り込み、状況の説明を求めた。


「この子、わたしの子なの」
「…!」
「誰にも言えなくて…ナルトには聞いて欲しくて」


彼女の予想外な言葉にオレはただ黙って聞いているしかなかった。
蒸し暑い気温のせいか、額からは汗がじわりと滲み出る。
夏の風が、ゆっくりとその沈黙を破るかのように通り過ぎて行く。


「…旦那は?」
「逃げられちゃった」


ズキ、とオレの胸に何かが突き刺さる音がした。
今まで散々、こいつの行動を見て来たのに、そんな素振りに気が付きもしなかったオレは、何て馬鹿なのだろう。
一人、苦しんでいるのを誰かに気付いて欲しくて、けれど気付いて欲しくなくて、そんな強気な彼女のSOSをどうして今まで分かってやれなかったのだろうか。

そして気が付いた。
オレはずっとこいつを見ていたんだ。
嫌いだ、苦手だ、と言っておきながら、目線は彼女を追っていた。
何もかも自分一人で解決しようとする強気な彼女を、見ているのが何処か腹立たしかったのだ。


「オレで良ければ、手伝うってばよ」
「…!」
「その子の父親代わりになる」


初めて見た、彼女の笑顔と、初めて見た、彼女の涙と共に、オレの心に焼き付いていった。



君は焼けするほどに甘いお菓子






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