彼女の瞳には誰が映っているか何て初めから知っていた。
彼女を目で追う毎に彼女の視線がオレと重なる事は無かったから。
こんな気持ちになるのは初めて、解決方法何て幾ら考えても見付からない。
彼女の視線の先には叶う筈も無い想いがあって、彼女の愛しい人は、別の人を愛している。
だから遠くからいつも切なく笑って見つめて居るんだ。
お願いだから、そんな顔しないでよ。


「よ、」
「…わ、びっくりした!」


そんな彼女に後ろからそっと近付いて声を掛ける。
普段なら気付く筈の、オレの気配にすら驚く様。
開けられた窓から漂う微かに鼻を擽る、花の香り。
柔らかな風が、彼女の髪を邪魔だとでも言うかの様になびかせる。
彼女の顔を見つめれば、ほらね、またそうやって無理に笑っている。

声を掛けてきたオレに、どうしたの?と、未だに無理な笑顔を見せる。
楽しませてやろうと、頭に用意しておいた筈の面白いギャグが一気に吹っ飛んでしまった。
どちらにせよ、三十路親父のつまらないギャグ何てものは聞いてもつまらないけれど。
結局、何となく声掛けてみた。と言って、何か良い言い訳も出来ずに終わる。


「変なカカシ」


家柄のせいか、彼女は小さく丁寧に笑って顔を上げる。
それも何処か淋しげに見えてしまうのは何故だろう。
いっそのこと泣いて愚痴の一つでもぶつけてくれれば、今直ぐにでもこの腕で抱き締めるのに。
行方も無い掌は、ポケットに入れたまま何も出来ずに終わる。
勇気の出せない、弱い男だと馬鹿にされてもいい。
大切にしたいのに、自分の中で抱き締めてしまえば、彼女を壊してしまいそうになる。








「え…つまり?」
「俺、結婚したんだ」
「へえ、おめでとう」



それは突然な知らせだった。
任務仲間であるそいつは、幸せそうに笑顔を浮かべ語っている。
そしてその仲間に詰まらせながら出た言葉が偽りの「おめでとう」だった。
例えそれが偽りであっても仲間は何も知らずに嬉しそうにお礼を述べる。
珍しく照れたように笑うそいつに対して、本心では無いその言葉を発した、そんな自分が腹立たしくて仕方無い。


「あいつに言った?」
「あいつ?…ああ、いや、まだ」


オレの問い掛けに一瞬躊躇してから最近会わなくて、と困惑した様にそう漏らす。
任務仲間であった彼女にも早く報告したい、と呟くのを敢えて聞き流してしまった。

そうだ、彼女がこの事を未だ知らないのであれば、ほんの僅かな間でも辛いと感じる時間は減るかも知れない。
切なく笑う彼女の顔を思い出すだけでも胸が、胸の奥が、強く握られているような気持ちになる。

けれど、オレの些細な願いは通じる事は無かった。






「あの二人結婚したんだって、カカシ、知ってた?」


突然の事で上手く動揺を隠せない。
仲間と別れてから、運悪く彼女と直ぐに会ってしまっては言い訳も何も無い。
こんな場面、幾度となく経験して来た筈なのに、いつから嘘を付く事が苦手になってしまったのか。
彼女は言いたくも無い筈の言葉を言いながら笑顔を向ける。
けれど、その瞳はうっすらと赤みを帯びていた。


もう駄目だ。
この感情は抑えられない。


「…オレを好きになりなよ」


小さく震える肩を、力強く自分に引き寄せて抱いて、今まで溜め込んでいた気持ちを彼女の耳に優しく、けれど確かに囁く。
自分でも本当に馬鹿だと思う。
感情的になるのは忍者にとって死を意味する。
今まで生徒たちにはどんな場面でも冷静になれ、と言ってきた自分を思い出すと、嗤えてしまう。

それでも今だけは、きみを想う只の男になりたい。


「か、かし…?」
「好きだ、ヒロインが好きなんだよ」


そう言ってより一層強く抱き締める。
彼女が泣かないように、彼女の中がオレしか考えられない位、一杯になるように。
だから、お願い。心から笑って。
泣きたいなら、一人で泣かないで。







100411.

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