父さんと母さんはわたし達兄妹を置いて、早々と先に逝ってしまった。
あの頃のわたしは、幼すぎて何が起きているのかも分からなかった。
只、父さんが逝ってしまったときから、兄が心から笑わなくなったことだけはわたしも不思議と感じていた。
尊敬していた父さんの話を、兄はあれ以来一切しなくなった。

母さんとの想い出は、思い出すことが困難な程、あやふやなものになっていた。
今でも偶に夢見る、見上げる母さんの笑顔は、逆光によって露わになることは無かった。


「ヒロイン」と、後ろから聞き慣れた声がわたしを呼ぶ。
窓の縁に両肘をかけて外を見つめたまま、振り返ることはしない。
声が聞こえる前から気配を感じ取っていたのだから。
一言シンプルに、何?といつものように無関心に問い掛ければ、季節外れの冷たい風が頬を撫でる。
相変わらず可愛くないね、何て言って鼻で笑う其奴に、うるさいよ。と負けじと言い返す。


「風邪引くよ」
「引かない」
「それもそうかもね、お前馬鹿だし」


意地の悪い口から出たものとは裏腹に、わたしの肩を優しく掴んで窓から引かした手と、カラカラと窓を閉める手。
兄は昨日の任務中、仲間を庇って手を怪我したと聞いた。
丁寧に包帯の巻かれた指先にうっすらと血が滲んでいて、見ているわたしが怪我をした気分になる。

部屋に吹き込んでいた冷えた空気が遮断され、肌に感じる部屋の温度が僅かに上がった気がした。
それ以前に、兄に掴まれた肩が熱く感じるのは気のせいだろうか。
否、兄の手が熱いのだ。

す、と兄の顔を下から見上げても、整った顔立ちはマスクで隠され、その表情を上手く受け取ることは難しい。
唯一空気に触れる右目に視線を移せば、その瞳が少しだけ紅く見える。
兄は泣いた後、いつもこうなる。
こんな僅かなことを分かる人は中々居ないと、わたしは思っている。
兄妹だからこそ長年連れ添った仲で分かるものがある。

けれど、わたしは兄が直接泣いている姿を見たことがない。
いつも兄はわたしを守ろうと、強くいようとしてくれていた。
兄が泣く何てよっぽどのことなのだろうけど、わたしは敢えて理由を聞かない。
何があったか何て知りたくも無いし、知る意味も無い。
興味が無い訳でも無いが、そこまで兄を好いた覚えは無い。


「…オジサン、何か暗いよ」
「オジサンは酷いな」


はあ、と大きな溜め息を付いて未だに触れていた兄の手を払いのける。
窓際から入り込む微かな冷気で、肌寒さを感じ、窓から離れて椅子に腰を掛ける。


「カカシだってもう三十路何だから、早くお嫁さん貰わないと」
「何言ってんのよ、お前が身を固めるのが先」


そう言って振り返って、いつの間にか愛読書を取り出していて、立ったまま本を読み出す。
流石に見慣れたとは言え、良くもまあ、妹の前で堂々といかがわしい本が読めるもんだ。
聞く所によれば、下忍の子どもたちの前でも読んでいるらしいではないか。
作者があの、自来也様なのだから文句が言えないのも事実なのだが。


「ヒロイン、今男居るの?」


予想もしていなかった兄の口から出た言葉に、思わず兄の顔を凝視してしまえば、珍しい真剣な面持ちに更に驚いてしまった。
何言ってんの、と鼻で笑って、さり気なく逸らそうとしても、兄はじっとわたしを見つめて動かない。


「…わたし、母さんの顔が思い出せないの」


だから、と言葉を付け足して、親が何なのか分からないと呟けば、兄は切なそうに微笑んだ。

それなりに数はこなしてきたつもりだった。
付き合った男は、自分と何かが違って別れてしまう。
結婚ともなれば、それに対する執着が無いのか、それとも怖いのか、自ら離れて触れなくなる。
愛に飢える兄妹は愛の求め方も分からずに、深い暗い森に迷い込んで、何処までもさ迷い続ける。
兄の幸せを祈りながらも、兄の特別は自分でいたいと心の底で願っている。
兄の愛が無くなればわたしの生きる意味が無くなってしまうから。
それはきっと兄も同じで。
家族と言う自分の居場所を失うのが怖くて仕方無い。

結局、父さん、兄と同じ忍の道に進んで、汚れたこともこなして来たのは自分の存在価値を求めたからかも知れない。


「カカシがいてくれて良かったよ」
「何か悪い物でも食べた?」


頬杖付いて、珍しく笑って良いことを言ってあげたのに。
いつまで経っても憎たらしい兄は、どう転んでもわたしの兄で。
腹立つ、こんな兄。自慢の、こんな兄。
いつか、わたしが母親になっても、兄は笑っていてくれるだろうか。
過去に縛られながらもそんな未来を想い、今日も任務へと駆り出される。







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