「本当に進化しちゃったんだね……」

 そう言ってぼくを見上げるきみは、本当に小さかった。

「ブルムロード、モンだよ」

 ぼくは、まるで昔から知っていたみたいに胸の内に浮かんだ名前を名乗る。究極体・妖精型のデジモン。それが、今のぼくだった。
 ぼくは、ずっとパルモンとして、テイマーである彼女も共に、肉畑を耕してきた。種を蒔き、水をやり、剪定し、収穫をすることがぼくの毎日のすべてで、デジモンの本能である戦いとは無縁な生活を送っていた。
 それが一変したのは、この森と肉畑ばかりのエリアにラストティラノモンが率いる機械デジモンたちが侵略してきたからだ。襲いかかってくるデジモンたちから、彼女を守るナイトになりたい。がむしゃらに戦い、そう願った時、ぼくはデジエンテレケイアの加護を受けた。
 奴らを退却させて、何とかこの地を守り抜くことができたけれど、せっかく開墾した地面はあちこちが抉れてしまっている。

「とにかく、きみを守れて良かった」

 ぼくは屈んで、そっと彼女の背に手を添えた。ニンゲンの身体は小さくて、気を付けないと折れちゃいそうだ。進化前までは抱えられてたのに、こんなにも身体の大きさに差があるなんて不思議だ。

「う、うん……進化するなんて、思わなかった」
「ぼくもだよ」

 でも、きみと、きみと一緒に造ったこの畑を守りたかったから。そう告げると、彼女は何も言わずに腕を伸ばして、ぼくの首当てにある鎧に胸を埋めた。ニンゲン独特の、柔らかい感覚が伝わる。
 さらさらした髪が当たり、細いうなじが見えた。ぼくは何故か緊張してしまって、咄嗟に目を逸らす。――今まで、何も思ったことはないのに!

「こ、これから、また頑張って畑を作り直そうね」
「うん」
「ぼ、ぼくもさあ、これからはもっともっと強くなるし」
「うん」
「またあいつらが来ても、今度は絶対守るから」
「うん」

 自分でも感じるくらいに、デジコアの鼓動が聞こえる。慌てて、ぼくは彼女に色々なことを話し掛ける。彼女はただただ相槌を打つ。
 ぼくは、ずっと彼女と一緒だった。彼女はぼくのパートナーで、家族で、お姉ちゃんみたいな存在だった。
 毎日一緒に寝ていたし、時々一緒にお風呂も入っていた。――ああ。なんでくっつかれたからって、色々なことを急に思い出すのだろう。たったひとりのことが気になるなんて、まるでニンゲンみたいじゃないか……。
 ワープ進化してからまだ数時間しか経っていないのに、ぼくの心はチクチクして、変だ。どうしよう。これが究極体になる、っていうことなのだろうか。
 ぼくはまた何も言えなくなってしまった。ただ、ぼくに身を寄せる彼女を離すこともできず、この手は背中を支えているままだ。
 いつもはぼくがきみを見上げていたのに、小さくて可愛い存在が、この手のひらの中にある。

「あ、あのさー。き、きみはこれから、どうしたい?」

 この空気感に耐えかねて、ぼくは口を開く。
 ぼくのチクチクなんかは、後ででいい。どうやって畑を戻していくかの方が大事だ。これからの話をしよう。そう思っていた、けれど。

「……ごめん。今言うことじゃないかもしれないんだけれど。ブルムロードモンがかっこよすぎて、びっくりしてるの」

 ――そう言ってぼくを見上げるきみの顔は、真っ赤だった。何かが始まる、そんな予感がした。

210730

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