フロンティア/バラの明星編の時間軸

 確かに、おかしいとは思っていた。
 小学生の子どもたちが正義の味方として呼ばれる異世界で、高校生の私が、何故かこの世界に迷い込んでしまったこと。スピリットを継承していない、ただのお荷物であること。
 私は弟のような年頃の拓也たちが世界のために戦っているのに無視して現実世界に帰ることはできず、この旅に同行をしていた。
 頼りになるお姉さんポジションになれていたかは分からないけれど、私は私なりに子どもたちをサポートしようと思っていた。確かに、この立ち位置がおかしいとは思って、いた。
 ――その旅の結果が、こんなことになるなんて。

「まだそんな顔をしているのか、人間」
「そりゃ、するよ! 何で敵の元に捕まらなきゃいけないわけ!?」

 引き攣った表情の私を見て、デュナスモンは言った。
 ここは、地表とダークエリアの中間にある狭間のエリア。ホラーゲームにでも出てきそうな古めかしい洋館の一室に、私は幽閉されている。
 バラの明星に乗り込んだばかりの頃、皆と離れ離れになった私は、ルーチェモンに仕えているというロイヤルナイツの二体に捕まってしまったのだ。
 神話で倒されたはずのルーチェモンが、デジコードによって復活をしようとしていたという事実も驚きではあるけれど、ケルビモンと同格か、それ以上に強そうなデジモンがいることを私は知らなかった。

「ふん。相変わらずうるさい女だ。美しい顔が台無しになるぞ」
「は、はあ!?」

 ロードナイトモン……。今、何て。
 デジモンに人間と同じような美的感覚があるのかは謎だが、ロードナイトモンは少女漫画のイケメンが言いそうなセリフを言いのけた。敵なのに何言ってるの、と悪寒が走る。
 ……と、思ったけれど、デュナスモンは「お前のシュミは分からん」とか横でぶつぶつ言っているから、やっぱりこのピンクのモンが特殊なんだ。……面と向かってそんなことを言われると、それはそれで腹が立つけれど。

「はあ、ではない。ほら。せめてこの薔薇でも刺しているのだな」
「いや、トゲ痛いんだけど」
「ふん? ああ、そうか。人間の皮膚は柔らかいのだな」
「いや、ルーチェモン様の方が柔らかいぞ、きっと」

 ロードナイトモンは私の頭に赤い薔薇の花を刺そうとして、私が抗議したのでやめた。
 というかルーチェモン様の方が柔らかいとか何、デュナスモン。冗談なのかと思ったけれど顔付きはいたって真剣だ。あんたのシュミも分からないよ。
 そうツッコミたくなる気持ちを抑えて、私は深呼吸した。そもそも、皆が必死で戦っている中、何故、私は敵であるデジモンたちとこんなやり取りをしなきゃいけないんだ。

「あの。そんなことはどうでも良いんだけど、何で私はあんたたちに捕まってるの? 拓也たちはどうしてるの!?」
「それがルーチェモン様の命だからだ。今はまだ、封印によって眠りについておられるが、復活した暁には貴様も人間界へ向かうこととなるだろう」
「それって……侵略のための人質ってこと?」
「まあ、そうだ。私達も無論、人間界へ向かうのだ」

 ロードナイトモンは淡々とした口調で語る。事情を分かっていない私が悪い、みたいな言い方をされてもついていけない。

「な、何のためにそんなことをするの……」

 すると、二体は互いに顔を見合わせて、頷き、私に向き直る。「目的は、ただ一つ!」デュナスモンが耳に強く響くくらいの大声で言う。ああそうだ、きっとこんなに強そうなデジモンたちが協働するくらいなのだから、よほどの理由があるのだろう――。
 私はごくり、と唾を飲み彼らを見つめ返す。

「美しき正義の為だ」「ルーチェモン様の為だ!」
「いや、意見バラバラじゃん……」

 目的は一つ! じゃあないんだよ。聞いて損をした、と思ってしまった。
 彼らが目指しているのは、人間界の侵略。それはデジタルワールドだけじゃない、二つの世界の危機だ。私は、たちまち恐怖で震える身体を、自分を抱き締めるようにして抑え込む。拓也たちに事実を伝えたくても、語る術がないのが心から悔しい。

「そ、それでも、デジタルワールドを滅ぼしていい理由になんてならないよ!」
「……このロードナイトモン様に意見をするとは、勇気ある娘だな。その気高い心は、美しい」
「まー人間、お前如きではルーチェモン様のお考えは分からんだろう」
「あ、当たり前じゃない」
「よせ、デュナスモン。いいか、娘。私は人間界必ず向かうのだ」

 ロードナイトモンは、先ほど言ったばかりの、その言葉をもう一度繰り返した。
 鎧のようなフルマスクで顔を覆っているかのような姿のロードナイトモンが何を考えているかなんて、当然分からないけれど。何故か、その横顔は含みがあるように見えた。
 異なる生き物、異なる文化、異なる価値観で成り立っている世界だけれど、この世界で出逢ったモンスターたちと、現実世界に住む人間の、善意たる気持ちはそう変わりないようにみえた。
 しかし、それを遥かに上回る理解できない価値観によって、彼らは動いている。
 ふと、ロードナイトモンが私の背に合わせて屈み、顔が近づく。鎧を纏っている風にしか見えないのに、どうしてかこのデジモンからは良い香りがする。それが、無性にイライラした。

「ルーチェモン様が復活されるのも時間の問題だ。それまでに、この私が毎日花を届けてやろう」
「い、いらない……」

 何を考えているの、ばかにしているの。思っていることが、うまく言葉にならなくて私は目の前の巨体を睨み付ける。ロードナイトモンは小賢しげに「素直じゃないな」と言った。

「私は、あんたたちと人間界になんか行かない……!」
「言っていろ。それを判断するのはルーチェモン様だ」

 よりルーチェモンへの忠誠心が強いらしいデュナスモンが、そう反論する。私は、何も言い返さなかった。
 データを集めさせているケルビモンがやられるか危険な状況に遭うようになるまでは、きっとこの二体は私には何もしてはこないだろう。とにかく今の私にできることは、彼らをこれ以上刺激しないように監視することだけだ。
 つくづく、助けを待っているだけの自分が情けない。不本意すぎるけれど、私はここで拓也たちを信じて待っていることしかできない。囚われのお姫様役が私なんて、おかしいのに。

「また明日来る、

 部屋を去ろうとしていたロードナイトモンが、不意に振り返る。いつの間にか、名前を知られていたようだった。
 私は、去りゆく彼らに見えないよう、背中に回していた拳を固く、かたく握りしめる。私の戦いは、これからだ。

210627
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