04
――どうして、こんなことになったのだ。 タイガーヴェスパモンは、とオメカモンを抱えて空を飛ぶ。前方にはキリハとメイルバードラモンがいる。 赤いクロスローダーの工藤タイキもこのゾーンにいるようで、キリハは既に場所を特定していた。 旅を続ける以上、いつかはタイキにも会うだろうとは思っていたが、これほど早く遭遇するとはは考えもしていなかった。 『逃げるのではなく、戦いに身を落とす覚悟を見せてみろ』 タイガーヴェスパモンに抱えられながら、は考える。彼女はキリハにそう言われ腕を掴まれた時、動揺した。 今まではタイガーヴェスパモンとオメカモンに護られ、戦いを傍観していた。自らに害が及ぶようなことがあれば、すぐに姿を消していた。だから、こうしてキリハに捕まるのは、誤算だった。 ジェネラルであるキリハやネネに遭遇しても、今までは、どこか彼らの存在を感じないようにしていた。キリハや、タイキ、ネネは、自分と同じように、かつてはリアルワールドに存在していた身なのだ。――それでも、わたしと違っていつかは"帰る"ことができるのだろうけれど。 永遠の存在者 04 爆風が巻き上がる。 爆風の先には、バグラ軍のタクティモンの姿があった。それと、は見たことがなかったが、新たなデジモンの姿がある。それは、シャウトモンX3であった。 シャウトモンX3はタクティモンに応戦するが、圧されているようだった。 「行くぞ!」 キリハが叫ぶ。 タイガーヴェスパモンが、に目配せをした。は首を横に振り、今はまだその時ではないと合図する。キリハに言われたとて、は胸中にある信念を易々と変えるつもりは毛頭ない。 キリハの指示を受け、タイガーヴェスパモンの先を進んでいたメイルバードラモンがその戦禍の中心へ突撃する。爆風が巻き上がり、メイルバードラモンの登場により二体の争いは中断された。 「……工藤タイキ、だな? この場は俺が救ってやろう」 お前にはいずれ俺の部下になって戦ってもらわねばならんからな、と言い、キリハはタイキらを見下ろしていた。 突然の登場に、タイキたちは驚いているようだった。タイガーヴェスパモンは岸壁に降り立つ。はキリハとタイキのやり取りを見ながら、静かにため息を付いた。 * それから、キリハはグレイモンをリロードさせ、タクティモンとの戦闘を開始する。グレイモンが跳び、タクティモンが迎え撃つと大地は地震のように揺れる。タイキたちは動揺するばかりだった。 「オイ、見たかキリハ! 俺のホーンストライクを弾き返しやがったぞ!」 「ああ、流石は最強の将と噂されるタクティモンだな」 グレイモンは顔の角から激しく血を流していたが、楽しそうに笑っていた。タイキらと共に行動をしていた、キュートモンは心配そうに駆け寄ったが、元来、デジタルモンスターは戦いこそが本能なのだ、それを解らない輩とは生き方がまるで違う。 「次は全力だ! グレイモン、メイルバードラモン! デジクロス!」 グレイモン、メイルバードラモンの二体を指揮し、メタルグレイモンへとデジクロスさせた。タクティモンとは互角かに思えたが、必殺技であるギガデストロイヤーは通用せず、タクティモンが太刀を構えてそれを弾く。タクティモン自身は無傷ではあったが、流れ弾が激しい勢いでタクティモンの部下デジモンへ降り注ぐ。ギガデストロイヤーが通用しないとは化け物だな、とキリハは独白する。 一方タクティモンは焦っていた。予想に反して、部隊の戦力が減っている。ブルーブレアと、傷を与えたとはいえまだ赤の少年率いるデジモンたちがそこにはいる。やはり、ここは退くべきか。 空に信号弾を放とうと空を見上げた時、タクティモンは金の輝きを放つデジモンと少女を目撃した。あれは、タイガーヴェスパモンと、ジェネラルのだ。彼らがいるのならば、尚の事この場を撤退せねばなるまい。 「野暮な真似をするな、俺はまだ楽しみ足りんぞ!」 タクティモンの放った信号弾に反応し、グレイモンはタクティモンに詰め寄る。 「三の太刀・天守閣!」 しかし、タクティモンがそう叫ぶと、目の前には巨大な土塊のタワーがそびえ立った。そうして驚いている間に、タクティモン率いるバグラ軍は姿を消してしまった。 ひび割れた雪原の上に残ったのは、赤、青の者たちだけになった。キリハは、空を仰ぎ、叫んだ。 「いい加減降りて来い、!」 「お、呼んでるぞ! !」 「……分かった。お願い、タイガーちゃん」 「……。ああ」 命令するなと言いたいところだが、は仕方なく返事をして、オメカモンと共にタイガーヴェスパモンに抱えてもらった。 そして、彼らのいる地の上に降り立つ。 「ゲッ! また変な女……いつの間に!?」 「び、美人だ……!」 おさげの少女、アカリと、活発そうな少年、ゼンジロウの声はの耳には届かなかった。 が見つめる視線の先にいるのは、赤いクロスローダーを持つ少年ただ一人。 「君も、クロスローダーを持っているのか?」 「ええ。……ただ、わたしは、あなたの敵でもないし、味方でもないと思う」 は、そう言って鎖に繋がれた金のクロスローダーを取り出す。仏頂面であったの表情が、僅かに曇った。 キリハはの言葉をくだらん、と吐き捨てると、彼女の説明不足を補うかのように言葉を発した。 「この女も、見ての通りジェネラルだ。もっとも、戦士としての矜持も何もないようだがな」 「なんかムカつく紹介だけど、よろしく。よ」 「オレも、オレも!」 よろしく、と同時にブイサインを示す。緊迫感の漂う中でそんなことを挨拶を交わしている場合ではないのだが、は表情を変えることもなくその二本指をタイキたちに突きつけた。オメカモンは意味も分からず腕を振って、アピールしている。 「……それにしても、派手にやったものね」 「撤退の目くらましには贅沢すぎる技だな」 は辺りを見渡し、そう言った。並みのデジモンならば地盤の崩落に巻き込まれて一たまりもないだろう、とキリハは続けた。 タクティモンの持っている蛇鉄封神丸は、太刀を抜けば威力そのものでゾーンが破壊されてしまう。それを避ける為に、奴はあえて封印しているのだと。噂話といえど、そんな情報までをも得ているキリハにはつくづく感心する、とは思った。 二人のその言葉に、タイキたちははっと現在の置かれている状況を見直す。唖然とするばかりの彼らであったが、キリハは淡々とタクティモンの判断を分析し、は動揺することもなく立っている。この二人は、一体何者なのだ。 「で、でも……お前、何者なんだ、なんで俺たちのことを知っているんだ!?」 「貴様ら同様ここに迷い込んだ人間の一人だ」 キリハはネネからタイキたちの居場所を聞いていた。そして、戦いをずっと見てきたと。 ――天野ネネは、ここまで予測していたのか。は考える。彼女の真意は分からないが、しかし結果的にタイキたちはキリハ率いるブルーフレアに救われたのだ。 「俺の部下となれ、工藤タイキ! お前には将としての才がある。俺のもとで、その才を華開かせともにデジタルワールドに覇を唱えようではないか!」 「す、スカウトってこと!?」 ジェネラルごと軍団を取り込むのか、とシャウトモンは驚いた。しかし、キリハが欲しているのは工藤タイキのその才のみにある。 「ああ、それが狙いで助けた、ってことなのね」 「ふん。利益のない行動など戦争には不要だ、それ一つで敗北に繋がるやも知れん」 自分も大概中学一年生の思考回路をしていないとは思うが、この少年はより一層そうだ。 とキリハが言葉を交わしていると、ふと視線を感じた。アカリだった。 「あ、あんたはそいつと一緒にいるってことは、部下ってわけ?」 「まさか。私はタイガーちゃんの嫁よ」 「ハア!?」 「ああ、済まない。こういう娘なのだ、この子は」 アカリの問いに、至って真顔で答える。タイガーヴェスパモンは咎めることもなく、平然と受け流している。 会話が噛み合っていないというより、にはまともに会話をする気がなく、適当な返事をしていた。当然のように、アカリはに苛立ちを覚える。緊張感のない子だ。 「ともかく、だ。俺が欲しいのはそこの工藤だけだ、貴様らのようなクズデジモンはいらん」 「な、んだとぉ、コラァ!?」 シャウトモンが大声を出して抗議する。 キリハのそれは随分な言い草だが、キリハは相当高くタイキを評価しているらしく、俺の元に付けば才を伸ばすための兵と戦場を用意しようと語っていた。 まだタイキを知ったばかりのには判別付かないが、彼はきっと臨機応変な正しさを持つ少年なのだろう。 一方、それを聞いたタイキは。 「……断る!」 「なんだと?」 タイキの目的は、パートナーであるシャウトモンの夢を叶えること。シャウトモンが平和で歌って、デジモンキングとして在れる、そんな世界。 キリハの求める、戦いと死によって得られる勝利とは目指す姿が違うのだ。大きな野望とか、そんなものが平和に繋がるとは到底思えないのだ。 「自分の力が試したいならよそでやってくれ!」 「それは……いずれ、俺とも雌雄を決する時がくるということだぞ!? その時、勝つ自信があると?」 「……そうなれば、その時までに強くなって、勝てばいい!」 至極当然のようにタイキが言い返したので、は驚いた。 命を狙われるような状況にあっても動揺しない。さすが、ジェネラルに選ばれるだけの人間性を兼ね備えているようだ。しかし、それでは当然この男は納得しない。 「面白い男だ。……だが、その生温い考え方だけは矯正する必要があるな」 キリハは顔に手を覆い、そう呟いた。 タイガーヴェスパモンとは、次に彼が取るであろう行動を察して頷いた。 「メイルバードラモン、グレイモン! 奴のデジモンを全て始末しろ! そんな甘い覚悟では、いずれ全てを失うのだということを、今のうちに奴は知らねばならんのだ!」 キリハは二体の竜に命じる。 そういえば、自分たちが初めてキリハと遭遇した時も似たようなやり取りがあったとタイガーヴェスパモンは思い出した。既に究極体である自分からしてみればなんて事のない相手だったが、彼女はそれを望んではいなかったので返り討ちにはせず、防御に徹してその場を逃亡した。 「ナイトホーク!」 瞬間、メイルバードラモンが飛び込み、必殺技を放った。逃げろ、とタイキが叫び、不服ながらもシャウトモンたちはそれに続く。 「そこの虫も、やっていいよな!?」 「無論だ!」 グレイモンの視線がタイガーヴェスパモンに向けられる。 「!」 「ええ!」 キリハが戦場に誘った時点でこうなることは当然予測していた。だから、タイガーヴェスパモンは彼女を守る為に空を駆け、それをかわす。 「バリスタモン!」 「ウム! アームバンカー!」 「バカやろーめ! ラクガキロケット!!」 タイキのバリスタモンが腕から衝撃波を放ち、ついでにオメカモンがラクガキロケットを放つ。 ペイントを放つだけの弱い技だが、逃げるだけならば問題ない。事実、メイルバードラモンとグレイモンの目には茶色いインクがこびりつき、視界が悪くなる。 二体が気付いた時には、既にタイキたちは行方を眩ましていた。 * ここまで来れば大丈夫だろう、とタイガーヴェスパモンはとオメカモンを降ろす。 タイガーヴェスパモンが飛んだ雪煙、オメカモンの攻撃で目眩しにはなった。バリスタモンの技と共に時間稼ぎにはなっただろう。きっと、彼らも無事に逃れられた筈だ。 「ありがとう、タイガーちゃん」 「怪我はないか」 「大丈夫」 何とかタイガーヴェスパモンのおかげで飛び立ったが、このゾーンにいるうちは自分もタイキたちのように追いかけ回されるだろう。 力ではタイガーヴェスパモンに分があるが、メイルバードラモンもグレイモンも戦闘狂であるし、バックにはキリハの策が控えている。厄介なことには変わりがない。 「……面倒くさいなあ」 考えが甘いと言われようが、自分はこれ以外の生き方を選べないのだ。 はあ、とため息をついて、は乱れた前髪を直した。 / NOVEL TOP ×
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