05
希望に満ちた、光射す道を信じていたかった。 だが、自分はもうそんな気持ちは持てない。は、そう思っていた。 ――数年前にXプログラムに纏わる戦いの末にクルモンとひとつになったあと、いくつもの滅びた世界と生命の存在を感じた。それはクルモンが過去に見てきた、光景だった。 自分がその場にいて体験をした訳ではないのに、の身体にはそれが記憶として残された。デジエンテレケイアを身に宿すということは、どうやらそういうことらしい。 それからいくつかのデジタルワールドに進化の光として呼び出され、戦いの成り行きを見てきた。 もちろん、選ばれし子どもやテイマーがデジタイズして救われた世界もあったが、クルモンの記憶と同じように消滅した世界もあった。 それから、はこの世界に辿り着いた。 『……タイガーちゃん。ここでは、クルモンの波動が、聞こえないの』 は、初めてこの世界に辿り着いた日のことを思い出す。パートナーにすがり、異和を伝えた。 遂に進化の光が何も感じられなくなっていた。デジモンが進化を諦めた世界だった。 ここも、今まで見てきた世界と同じようにやがて滅びを迎えるだろうか。そう考えると、はクロスローダーを授かっても、もうかつてのように戦う気持ちにはなれなかった。 いま、この世界で生命を懸けて戦うジェネラルたちの姿を見ても、の心は凪いだままだった。 永遠の存在者 05 あの争いから撤退し、たちはゾーンの森の隅で休憩をする。びっしりと雪が積もってはいたが、ちょうど座りやすい高さになっているものを発見したのでは座る。おそらく、切り株か何かだろう。 「ば、ばけえ……」 「は?」 ところが雪から声がした。が顔をしかめながら立ち上がり、座っていた部分の雪をかき分けるとそこにいたのはバケモンというデジモンだった。 「ばけ、ばけ!」 「オメカモン、引っ張ってあげて」 「おっしゃ!」 どうしてこんなところに、という疑問はもっともだが、ひとまず埋もれているバケモンを引っ張り出した。 オメカモンもバケモンも元は同じ成熟期のデジモンなのに話せるタイプとそうでないタイプがいるのは不思議だなとは頭の片隅で思う。 「バケモンは群れをなしていることが多いが……コイツだけ、バグラモンの軍勢から逃げ遅れたのだろうな」 「ば、ばけ」 そうです! と肯定するかのようにバケモンはタイガーヴェスパモンに返事をした。 「逃げ遅れちゃった挙句、猛吹雪で埋もれたの?」 「ばけ」 「ここはもう安全よ。いいから、あっちに行きなさい」 「ばけ、ばけー」 バケモンはその言葉を受け、が指さした方へ向かっていく。タイガーヴェスパモンは、その瞬間にの口元が僅かに緩んだのを見た。 デジエンテレケイアとなって以来――特に、この世界に辿り着いてから、心を閉ざし、笑うことがなくなった彼女であったが、本来ならば心優しい少女であるのだ。 「……。蒼沼キリハはまたきみを追跡するだろう」 「そう、よね。人気者も困ったものね」 バケモンの姿が見えなくなったところで、タイガーヴェスパモンがに語り掛ける。 は話を聞きながら額を抑える。デジエンテレケイアとなってから、無意識のうちにくせとなっていた。 「なあ、やっぱり少しくらい戦ってもいんじゃね? オレつえーし!!」 「オメカモン、いい子ね。でも、ダメ」 オメカモンの言葉に、は首を振る。 戦いの場にあってもいつでも明るいオメカモンの存在は癒されるものだが、の気持ちは変わらない。オメカモンがケチケチー、と騒ぎ立てるので、は顔を背けた。 「まずはこのゾーンから離れようか。様子を見るのは、落ち着いた場所で良い」 「ええ。今のコードの流れだと、コロシアムゾーンが近いみたいだけれど……」 そこまで話し終えたところで、背後からふと『ミツケタ! ミツケタ!』と声がした。 振り替えるとそこには顔がテレビモニターで出来ている忍者姿の二頭身がいた。――モニタモンだ。 このデジモンが現れたということは、“彼女”が自分に何かを伝えに来たということ。どうやら、跡を付けられていたようだった。 「……トワイライトの」 は、モニタモンのブラウン管に近付き、触れた。 すると、ブツン、という音ともに画面にはトワイライトのジェネラル、天野ネネが映し出された。 『お久しぶり、ちゃん。さっきの戦いを見ていたわ。相変わらず大胆ね。でも、そこが素敵よ』 「あー、そう」 慣れた様子でネネの言葉をかわす。彼女がを褒めるのは、挨拶のようなものだ。それが心からのものではないと分かっているから、も軽くそれを受け流す。 「で、天野さんは今、どこにいるの」 『うふふ。どこだと思う?』 いたずらを思いついた子どものように、ネネは笑う。 直接戦いはしたことがないが、彼女は時々こうしてたちにコンタクトを取ってくる。トワイライトにはダークナイトモンというデジモンが控えていて、おそらく策の権限は彼にある。タイガーヴェスパモンとの直接の戦いを避けるのは、タイガーの実力を推し量っているからだ。 「わたしは、馴れ合おうと思っていないから。貴方とも、他のジェネラルとも」 『孤高のお姫様、という訳ね。……でも、そのうち、そうも言っていられなくなる』 「……」 『ねえ、ミツバちゃん。わたしの軍に、来てほしいの』 ひと呼吸置いたあと、ネネは真剣な眼差しでを見つめた。 彼女たちにはバグラモンの軍を討つ、それ以外にも目的があるように思える。けれど、彼女の真の目的が明かされない以上こちらも返す言葉はない。 「あなたは光。私は、闇。背反するものは、一つになるべきなのよ」 「抽象的すぎて分からないけれど、わたしはどこにも付くつもりはない。そういう、役目だから」 光、という単語に引っかかる。先日のやり取りで蒼沼キリハには偶然この刻印を見られたが、彼女に自分が宿しているモノについて知られたつもりはない。 「役目……。そうなのね」 「天野さんは、一体何を考えているの」 『ふふっ。それなら、ちゃんも、何を考えているか教えてくれる?』 「……。そりゃ、いつもタイガーちゃんのこととか……」 『……そ、それは素敵ね?』 の後ろでオメカモンが「あと、オレのこととかな!」と騒いでいる。都合が悪くなると自分の名前を出すクセをやめてほしい、タイガーヴェスパモンはと思っていた。 二人とも引くつもりはなかった。 『……とにかく。考えて、おいて』 その瞬間、ネネの瞳が哀しげに揺れた。がどういうことだ、と問おうとした時に、映像はそこでプツンと途切れる。モニタモンが律儀に頭を下げ、去っていった。 「」 「タイガーちゃん……」 それでいいのか、そう言われている気がした。 しかし、タイガーヴェスパモンはそれ以上何も言わない。のことだけを一番に想い、彼女を傷付けたくないからこそタイガーヴェスパモンは語り合うのを避けていた。 * それから、たちは他のゾーンへ移動することとなった。クロスローダーを掲げ、ゾーンを結ぶデジタル空間へ移動する。 「、おい! コイツ!」 「何よ、オメカモン……。あ」 「ばけー、ばけ」 「……何で。ついてきちゃったの」 先ほどのバケモンだった。どうやら懐かれてしまったらしく、バケモンはに寄り添った。害はないようだが、自分は他のジェネラルたちのように軍を築き上げている訳ではないから付いてこられてもどうしようもないのに――。 バケモンに手を伸ばして、頭を撫でる。シーツのような触感と、ひんやりとした冷気が感じられた。 「……わたしも、あなたと同じよね」 「ばけ?」 意味のない言葉を、バケモンに吐く。 工藤タイキ、蒼沼キリハ、天野ネネ。それぞれの信念を掲げ、戦っている。それに比較して、ただの傍観者であり続けようとするわたしは死人のようだ、は思う。 『……とにかく。考えて、おいて』 あの時ネネの瞳に何かの訴えを感じたが、は、やはり気づかないフリをした。 / NOVEL TOP ×
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