最近、光子郎に触れていないなあ、と気づく。というか根本的に、二人だけの時間が少ないのだ。パソコン室にはいつも誰かしら人がいるし、周りにいなくなったかと思えば、今度はテントモンが来るし。
 おもいっきり、光子郎に触れたい気分だった。ミミにでも相談というか、愚痴でも話したい気分だったけれど、あの子は「、サカってるの?」とか言いそうだ。――誰にも言えないや。


「あれ、さん、来たんですか」
「うん、暇だしね」

 放課後。パソコン部部員でもないのにもかかわらず、私はパソコン室を訪れていた。今日は部活がない日だけれど、パソコン室には光子郎の他にも一人だけ、生徒がいた。
 私は機械音痴だった。キーボードの入力も人差し指だし、そもそも電源のボタンがどこなのか未だに覚えられない。
 それに、いつもならこんな風にパソコン室に行ったりしない、でも、私は思いついてしまったのだ。光子郎といられる、一番シンプルな方法を。

「光子郎、パソコン教えて?」

 上目遣いで、光子郎を見上げる。ほら、男の人は上目遣いに弱い、ってどっかの雑誌に書いてあったし。
 光子郎は困ったように笑って「いいですよ」と言った。

「それで、具体的に何がしたいんですか?」
「え、えっとー、インターネット? とか、メール? とか」

 思わず光子郎といちゃこらしたいです、と言うのを抑えて、私は答える。光子郎は私の横に椅子を引いて座って電源のボタンを押した。

「ここを押せば、起動します」
「うん」

 相槌を打ちつつ、私は光子郎はの手を見つめる。光子郎の手は、意外と大きくて指も綺麗だ。手、繋ぎたい、なあ。今は他に人がいるから、光子郎は絶対に手なんか繋いでくれないだろうけれど。

「……で、ここをクリックして」
「こう?」
「……あー、そっちじゃなくて、左のほうです」

 少女漫画とかでよくあるベタなシチュエーションみたいに、私の手の上に手を重ねてほしいなあ、と思った。けれど、光子郎は口頭で伝えるだけだ。

「難しいよ……」
「覚えれば簡単ですよ」
「えー、そうかなあ?」

 我ながら媚びた声だな、と思った。けれど、そんな私の態度にも光子郎は動揺せずに淡々と受け流している。光子郎らしいと言えばそうだけれど、あまりにも淡々としすぎている。

「今日は、テントモンはどうしてるの?」
「今日は家にいますよ。それがどうかしたんですか?」
「や、何でもないよ」

 光子郎は一度だけ私を見たけれど、私が「何でもない」と言うと、またすぐ画面に向き直った。たぶん、私はとても独占欲が強い、だからテントモンにさえも嫉妬してしまうのだ。――光子郎はこんな私に気づいているだろうか。


「泉ー、俺、今日は帰るわ」
「ああ、お疲れ様でした。また明日」
「ばいばーい」

 隅のパソコンを占領していた生徒が、立ち上がる。私たちも立ち上がって彼を見送る。時計を見れば、四時半だった。彼はこの後塾があるようだった。人一人減ったことに、彼には悪いけれど私は嬉しくなった。

「てか、カノジョといちゃつくなら他でやれよ、じゃあなー」
「……はあ」

 そう言って、彼は扉を閉めた。――ううん、彼にとっては居心地が悪い空間となっていたかもしれない。光子郎は呆れてただけだったけれど、私は少しだけ恥ずかしくなった。そして、彼が去ったことにより、室内には私と光子郎以外、誰もいなくなった。
 室内がしん、と静まり返る。パソコンと空調の作動する音だけが聞こえる。目の前のパソコンには、開きっぱなしのWebページが広がっている。

「……さん、寂しかったんですか」
「えっ、」
「だから来たんでしょう?」

 私は、光子郎の方を振り向く。窓の外は、もうすっかり茜色に染まっている。夕暮れの逆光を受けた光子郎が、微笑する。事実だけれど、私は恥ずかしくて、俯いて小さな声で光子郎の言葉を肯定した。
 太陽の光が、眩しいから余計に光子郎を見つめることができなくなる。

「大体わざとらしい上目遣い、とかもバレてますし」
「う」
「本当に、仕方ない人ですね」

 浅はかな自分が恥ずかしい。光子郎には、すべて見破られていたんだ。「さん、」と、光子郎が私の名前を呼ぶ。光子郎が、ぐっと近づく。
 ――光子郎の匂いだ。突然にぎゅう、と抱き着かれた私が思ったことは、それだった。

「すみません、つい」
「何で謝るのよ……っ」

 私はそう言いながら、力強く光子郎を抱き返す。光子郎の声が耳元に当たってくすぐったい。心臓の動きが加速する。
 去年の春に、追い抜かされた背丈。光子郎を見つめるには、必然的に顔を上げなければいけないわけだ。
 目が合えば、光子郎は口角を緩ませて私の髪を撫でる。さらさらと撫でられる感覚が心地好くて目を閉じると、静かに唇が落とされる。

「どうしても、貴方がどういう反応をするのか知りたくなるんです」
「……光子郎、いじわるだ」

 光子郎には敵わない。光子郎の匂いと、石鹸の匂いが混じった首筋に、私は顔を埋めた。何だか悔しいけれど、こうしているととっても落ち着くのだった。

「光子郎の匂いって落ち着く、なあ」
「本能的に、自分と遠い遺伝子を持つ人に魅力を感じるからですね」
「いや、そういうのいいから」

 こんなときにまで博識ぶりをアピールしなくても。無意識なんだろうけど。――私も私で、そういう少しずれたところでさえも、愛しく感じてしまう。

「……私も重症だなあ」

 そう呟くと、光子郎は「お互い様です」と笑って私の髪を撫でた。



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