「友樹がホントの弟だったら良かったのにね! そしたら、いつも一緒にいれるよ!」
「そ、そうかなあ……、というかさん、抱きつくのやめてよー」

 思い出すのは、無邪気に友樹に抱きついてふざけていた、小学校の頃。あの頃は、純粋に彼のことを弟のように思って接していた。月日が経って、もう私たちは姉弟のような関係ではないのだと自覚した。


「ねえ、ちゃん」

 また、だ。私の隣に座る友樹は、いたずらっぽく私の顔を覗き込む。私は、友樹のこの仕草が苦手だ。
 じっと見つめられてしまったら、緊張して目を逸らしてしまう。
 友樹は、最近私のことをちゃん付けで呼ぶようになった。昔はさん、だったのに。――友樹は、ずるいのだ。

 昔から私と友樹は、こうしてカフェなどで会って話をする。昔は無邪気で可愛らしかった友樹は、会うたび、会うたびにどんどん男の子らしくなっていく。無邪気に友樹に触れることもなくなった。弟のように思っていた彼はもういなく、私の隣にいる人は氷見友樹という立派な男の子だ。
 この頃私はどうしても、彼のことを異性として意識してしまう。背も伸びて声も変わった。きっと私たちは端から見ていたら、どちらが年上か分からないだろう。

「先月拓也お兄ちゃんと会ったんだけど、そしたらちゃんのこと聞いてたよ」
「拓也が? 何で友樹に聞いたんだろ」
「最近、どうなのって。僕とちゃんがすっごい仲良しだからだね」
「……きょーだいみたいだからかな?」

 すると友樹はきょーだいねえ、と言って、目を逸らした。その視線にどういう意図が込められているのか分からなくて、私は閉口してしまう。
 小さなころから、私たちは姉弟のように話をしてきた。その割に、友樹は拓也を呼ぶように私を「お姉ちゃん」と呼ぶことはなかったけれど。ずっと友樹の悩みを聞いたり、じゃれたりした。でも、友樹はもう男の子になってしまった。

「……ちゃんってさ。いい雰囲気になってもいつの間にか終わりやすそうだね」
「えっ、ひどい……。私、そんなイメージなの?」
「うん」

 あっさり頷く友樹。年下に、しかも友樹にそんなことを言われるなんて思わなかったから、ショックだった。年下がそんなこと言わないでよと言ってから、私は友樹の顔を見つめた。

「私の方が年上なのに……。友樹、ナマイキになったなあ。……背だってこんなに高くなっちゃって」
「色んな意味で成長したんだよ。だって僕、育ち盛りの男の子だもん」

 それ、自分で言いますか。私は何を言い返せばいいか悩みあぐねて、結局コップにささったストローに口を付けた。
 私が友樹と会うときはデートと同じ感覚でいるのに、彼は気付いてるんだろうか。

ちゃんはさ、年がどうとか気にしすぎなんだよね」
「だ、だってさあ……」

 友樹を意識しちゃうから、余計になんだよとは言えない。無言になった私を見て、友樹は少し呆れた顔をする。

「僕は僕で、ちゃんはちゃんでしょ」


*

 私は友樹が好きなんだなあ、と自覚した。
 小学校のときに、ふざけて友樹に抱きついたときのことを思い出す。――本当に姉弟だと思っていたら、今でも友樹に触れられるのだ。だけど、私は友樹を想っている。
 大きくなっても、昔と変わらずに私たちは会う約束をする。友樹にとって、私に会うことは、どういう意味があるのだろう。昔なら絶対に考えなかったことばかりを私は考えてしまっていた。

 今日の待ち合わせ場所は、私の最寄り駅だった。改札付近の柱に寄りかかって、友樹を待つ。時間つぶしに携帯を出していると、男の人に声をかけられた。友樹かと思って顔を上げると、そこにいたのはクラスメイトの男子だった。軽く挨拶を交わす。

「高村さん、もしかして、彼氏待ち?」
「ううん。まあ、男の子だけどね」

 ふーん、と言ってクラスメイトは自身の金に近い明るい色の髪をいじった。その人は見た目がチャラい、というか、友樹とは全然違うタイプの男の子だった。その人のことは嫌いな訳ではなかったけど、早く友樹が来ればいいのにと思った。

「今度オレとも遊んでね」

 クラスメイトがそう冗談を言って、互いに手を振ろうとしたときだった。挙げかけた私の手を、誰かが掴んだ。横に視線を変えれば、そこには友樹がいた。

ちゃん、お待たせ。行こうか」

 クラスメイトが唖然としていた。友樹が、私の手を掴んで、強引に歩き出す。私がどこ行くの、と抗議しても、友樹はどんどん歩いて行くだけだった。
 少し歩いて、エスカレーターの前に辿り着いたところで友樹は歩調を緩めた。辺りに人は少なかった。友樹は、ようやく私のほうへ振り返る。

「大丈夫だった、ちゃん」
「え、何が」
「さっきの、男」

 そう言われて、先程の光景を思い出す。見ようによっちゃ、私が柱に追い込まれて話しかけられているように見えるかもしれない。何かヘンな風に誤解されているような気がした。私があの人はただのクラスメイトだと告げると、友樹は照れたように苦笑した。

「ナンパかと思った……派手な人だったし」
「ち、違うよ……! でも、ありがとう」

 勘違いしてしまったものの、私を守ろうとしてくれた気持ちが嬉しかった。かつて、友樹が憧れていたヒーローのようだと思った。昔いじめられっ子だった友樹が、私を助けてくれたんだと思うと胸がいっぱいになった。友樹は優しい。私なんかとこうして会っているよりも、友樹にはずっと似合う女の子がいるはずだ。そんなことを思ったら自分が恥ずかしくなって、下を向いてしまった。

「何で、助けてあげたのに俯いてるのさ、ちゃん」

 ぐっと私の顔を覗き込む。ああ、またこの仕草だ。恥ずかしくて、私は顔をそらす。友樹が私をちゃん付けするのも、余裕があるからなだけだ。いちいちこういう仕草に意識してる私がバカみたいだ。手は改札の柱からずっと掴まれたままだった。余裕のある友樹にはなんてことのない行為なんだろうけど、私は胸が苦しかった。

「……友樹、手、離して」
「ああ、ごめん。……嫌だった?」
「と、友樹が男の子だから……!」

 言ってしまった。友樹の手なんて、もう友樹が中学生になってからずっと触れたことがなかった。きっと私の頬は今赤いんだろう。私のほうが年上なのに、すっかり余裕がなくなってしまう。
 友樹は手を離してから、目を伏せて黙り込んでいた。居心地が悪くなって、私は自分の爪先を見つめた。先に口を開いたのは友樹だった。

「僕は、ちゃん以外にはこういうことしないよ。でも、これから気を付けるね」
「え、違う、よ! 嫌じゃないけど、……ずっと姉弟みたいに思ってたから、友樹に悪いなって思ったの」

 ――私以外には、しない。それはどういう意味だろう。やはり、姉のように思っているから垣根がないだけなんだろうか。でも私は、好きな人に無邪気に触れられるほどの可愛げはない。私が一方的に意識して触れるのも、良くない。

「ねえ、ちゃん。僕がちゃんのことを一回もお姉ちゃん、なんて呼んだことない理由、分かる?」
「え。……私が頼りないから、かな」

 拓也がお兄ちゃんと慕われていたのに対して、ずっと、何年も私はさんと呼ばれていた。一度だけお姉ちゃんと呼んでと言ったことはあるけれど、流されたことがあった。私がそう言うと、友樹は思いも寄らなかった言葉を発した。

「違うよ。最初からずっと、ちゃんを女の子として見ているからだよ」

 女の子として、意識している。友樹は真っ直ぐに私を見つめていた。私は思い上がってもいいんだろうか。友樹がそう言ってくれても、私は何も言えずにいた。脳裏をよぎったのは、無邪気に触れ合っていた小学生時代だった。かつて、私にとって友樹は弟だった。
 喉から無理やり声を搾り出すように、私は言う。

「そんなこと言われたら、私、舞い上がっちゃう、よ」
「僕は舞い上がらせたいよ」

 いつから友樹はこんなにストレートに想いを伝えるようになったんだろう。
 友樹の「僕は僕で、ちゃんはちゃんでしょ」という言葉がリフレインする。私は年ばかり気にしてうじうじしているのに、友樹はこんなにも澄んだ眼で私を見つめている。
 ――友樹は、ずっと私を想ってくれていたんだ。そう思ったら幸せすぎて、目頭が熱くなった。友樹は一瞬俯いたかと思うと大きく息を吐いて、私を見つめ直した。

「小さな頃からずっと好きでした、さん」

 痛いくらいに私を見る、友樹の瞳。友樹はずっと私だけを見ていた。最近になって漸く友樹に懸想した自分はなんて身勝手なんだと思った。
 少し前に年とか、なんとか気にしていた私がバカみたいだった。友樹はこんなにも素直に想ってくれたのに。――私のほうが、友樹よりもずっと幼い。私は「友樹、大好き」と言って、彼に抱きついた。

120801

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