※5話以前

 迷信めいた、非現実的なことは信じないようにしている。
 だから、ホログラム・ゴーストが現れるという、最近よく耳にするような噂の正体もプログラムのバグでしかなくて、全て錯覚、見間違えじゃないかと思っている。少し前にあった口縫男騒動の時に気絶したうちの生徒も、数日後には退院して元気な姿を見せていた。ストレスだろう、と病院では判断されたらしい。
 他にも色々な心霊現象に近い事や噂について面白おかしく騒ぎ立てている友達は多かったけれど、私はその輪に加わることはなかった。周りからはは大人っぽいだとか、冷静だね、なんて言われていた。
 けれど、私は東御手洗くんのことが気になっていた。同学年だけれど飛び級をしていた東御手洗くんの方こそ、大人びているに違いなかった。しかし、頭脳に秀でて、大人とも対等に語り合えるはずよ彼は、相変わらず何かに怯えているように見える。

「おはよう、東御手洗くん」
「ああ、おはよう! いい天気だね、清々しいよ」

 女子寮を出て歩いていると、散歩の途中だったのだろうか、ジャージ姿の東御手洗くんを発見した。どうやら彼は特待生なので、学校での通学は免除されているらしく学校に姿を見せないことが多い。
 彼は挨拶を交わしながら、包帯をしている方の手を顔の前にかざして、空を見上げる。仰々しい動作だけれど、様になるのは流石だった。

 先日、途中まで一緒に下校したことをきっかけに、私たちは校舎で見かける度に言葉を交わすようになった。
 挨拶程度ではあるけれど、学園でも人気者である東御手洗くんと繋がりができて私は嬉しかった。

「あれ、東御手洗くんってブレスレット付けるの?」

 東御手洗くんが腕を上げた際に、制服の袖からそれが見えた。

「えっ!? ああ、これはパワーストーンだよ!」
「へえ、詳しいの」
「詳しいってワケじゃないけど、これは邪気を浄化する作用があるんだよ! 昨日買ったばかりなんだ」

 なんとかストーンとなんとか石の組み合わせで、専門店で買ったから効果は間違いないはずだ、なんてことを東御手洗くんは少し早口気味に話した。よく分からないけれど本人は至って真剣な表情だった。

「でもさ、アクセサリーは校則違反だよ」
「ば、ばかなことを言わないでくれよ! これはれっきとしたお守りなんだからね」
「まあ、私も小学校の時にミサンガ作って付けてたこともあるけど……」
「そ、そう! それと同じようなものさ。ほら、決して怯えているとか、そういうワケじゃないから、誤解しないでもらいたいよ」

 東御手洗くんは腕組み、ため息をついた。
 やはり、これは私の邪推ではないだろう。彼は心霊現象のようなものに対して、過剰に怯えているような気がする。とはいえ、表情が真剣そのものなので私もそれについてとやかく言うつもりはない。自分が思っていることについて否定されたり、笑われたりするのは誰だって気持ちが良くない。
 先生に見つからないようにするんだよ、と言葉を返すと、彼は深く頷いた。

「ああ、そうだ。君も何かいい方法とか、おまじないとか……知らないかい?」

 そして、こんなことを耳打ちしてきた。アイドルみたいに整った顔立ちの東御手洗くんが近づいて、私はどきどきしてしまう。もちろん、彼に他意はないのだけれど。

「ええ、魔除けのおまじないってこと?」
「そ、そうだよ。仮にも僕はこの葉桜学園の男子寮・寮長であるからね、何か大事があったら、いけないだろう!?」
「……う、うーん」

 緊張を悟られないように返答を続けると、やはり少し大仰めいた言い回しで彼は咳払いをする。

「占いの館に行って、アドバイスをもらうとか?」

 例えば首都圏内だと、横浜中華街には評判の良い占いの館が多い、と聞いたことがある。東御手洗くんは、それを伝えると顔色を輝かせた。

「なるほど、占いか……! それも一理あるね。キミに相談して良かった!」

 両手で私の手をとって、ぶんぶん振った。感動しているのは、分かる。分かる、けれども……。
 私より少し低い体温の感触が、手のひらにこそばゆく広がる。

「あ、あのさあ。顔近くないですか?」
「え? あ、す、すまない!」

 はっとした東御手洗くんは、手を離して身をひいた。ころころ変わる仕草が面白くて、私も自然に笑いそうになる。もしかすると、東御手洗くんはかなりの天然なのかもしれないな、と私は思った。
 こう思うのは失礼なのかもしれないけれど、何だか癒し系動物の動画をネットで見つけた時のような、温かい気持ちになった。

「東御手洗くんってさぁ、なんか可愛いね」
「は、はぁ!? ボクが真剣に話をしているのに何を言っているんだキミは!?」

 東御手洗くんは更に面白い顔になって、狼狽えている。
 東御手洗くんにしてみたら、私の方こそ信じられないのかもしれない。

「とっ、とにかくぅ。このことは……他の皆には言わないでくれ」
「はいはい、ヒミツ、ね」
「ま、まあ、そういうワケだから、ボクはもう行くよ! べ、勉学を頑張りたまえ!」
「了解、寮長様」

 東御手洗くんは、そう言うと、急いで寮舎の方へ戻っていった。反対方向へ向かう彼を、制服に身を包んだ皆が見ている。
 すげーハイテンション。やっぱり今日も絶好調に変わってるな、東御手洗センパイ。後輩の男の子が、そんなことを囁く声が背後から聞こえる。私は、東御手洗くんが走り去る瞬間に見えた、腕に付けていたブレスレットの煌めきを、反芻していた。

220413

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