高二/善悪夢主
(BD-BOX ドラマCDネタ)

 冬の朝のまだ日も昇らない時間帯。遠く東の方が微かに燃えているように見えるが、俺の頭上にある空は濃紺に染まっていた。

 コンビニで缶コーヒーを買い、始発に乗った。今朝はこの電車で、と乗り合わせをする予定だ。だが、もしあいつが寝ているままなら、そのままひとりで行こうと思っていたので、には起きてからは連絡を入れなかった。

 地下鉄の電車に15分ほど揺られていると、の最寄駅に着いた。ドアが開く。この車両には乗ってきたのは二人だった。朝だというのに、既にくたびれた様子のサラリーマンが俺の座っていた場所に近いドアから入っていく。それから二つ先のドアから、が入ってきたのが見えた。
 手を挙げると、すぐには気付いてくれた。おはよう、と挨拶を交わし、は俺の隣に腰掛けた。

「間に合ったんだな。こんな時間にわざわざ来てくれて、ごめん」
「ううん。わたしだって、会いたかったし」

 が謙虚に笑うのが愛しくなって、俺はの手を取り指を絡めた。手袋をしていないその手は、冷えていた。
 人の少ない車内。俺とは、それから二人とも何も言わずに黙っているままだった。きっと、どの言葉も今の状況には相応しくないと、どこかで思っているからだ。

 この冬休みを利用して、俺は旅に出る。

 俺は、現実世界に帰ってきたあの時からずっと、どこか遠い場所に行きたかった。
 暖かい家庭。学校での人間関係。命を賭け、共に闘った絶対的な仲間達。すべてがデジタルワールドに行く前とは違う。まるで光が射して色が生まれたように、俺の世界は鮮やかになった。
 けれど、俺の心には空白があった。
 それは物心付いたときからある空白だった。旅を経て穴が小さくはなっても、埋まることはなかった。

「やっぱり色々考えたんだけどさあ、輝二くんは……勝手だよね」
「……そんなにストレートに言われるとは思わなかった」

 しばらく黙っているままだったがいきなりそんなことを言ったので、俺は呆気に取られてしまった。
 マイペース。何を考えているのか、分からない。散々、拓也たちに言われてきたことだった。自分では自覚していないが、どうやら俺はそう、らしい。
 まあ、慣れたことだけどね、とはため息を漏らして言った。

「不安、か? その、俺がいなくると……」
「そんなことないよ、彼女だもん! ……って言いたいとこだけどね。どうでしょう?」
「どうでしょう、じゃないだろ」
「でも、もう選んだこと、なんだもんね」
「……ああ。悪い」

 選んだこと。それは、この冬休みの旅のことではない。この会話の先にあるのは、それより先の未来。来年、高校を卒業したら、俺は世界へ旅に出るつもりだった。
 昔は輝一と一緒に、だなんて考えていたけれど、あいつには目指すべき夢ができた。
 俺には、兄さんや拓也たちのように、将来何がしたいとか、明確な夢はなかった。ただ、現実世界に帰還した時から帯びた熱が、冷めることなく続いていた。空白の部分に、火が灯るような、そんな感覚だった。

 しばらく手を繋いだまま並んで座っていると、目的の駅にたどり着いた。降りた先では人は増えてきたものの、まだ活気には程遠く人の波はまばらだった。

「わたし、この駅、こんな時間に来たの初めてかも」
「そうか。悪いな、眠かっただろ」
「ううん。まあ、こーじくんのお陰で体験できたってことで」

 歩きながら、俺の少し先を歩くはそう言って笑い、改札に向かうエスカレーターに足を載せる。辺りには、誰もいなかった。

「……。こっち向いて」
「え、」

 俺の前に立つを振り返らせて、そっと唇を重ねた。が飲んだばかりの、ココアの味がうっすらとした。

「と、突然だなあ」
のことが、大好きだから」
「えっ、!?」

 意外だったのかはまた振り返った。付き合って何年も経つのに、そんなに意外だったのかと思うと少し傷付くが、それだけ俺が言葉足らずなのかもしれない。
 数十秒掛けて、長いエスカレーターは目的の場所へ辿り着く。俺の方を振り返ったままでいるの背中を支えて、進む。

「ここで、お別れだ」

 改札の前で、立ち止まる。は、返事はせずに頷いた。
 俺はこの改札をくぐり、電車に乗って、この数日間をここではないどこかで過ごす。

「帰ってきてね。わたしの元に、必ず」
「もちろん、そのつもりだ」

 いつかデジタルワールドで交わした時と同じように、手を重ねた。
 あの世界を留めておきたくて、は回顧録を付けている。この世界を知りたくて、俺は足を踏み出す。
 遠回りをしているかもしれないけれど、俺の道は必ず光さすの元へ、続いている。

210618

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