伊織くん高2設定
伊織くんは昔から誰よりも真面目であったし、最年少ということもあって純粋だったと思う。現に、ジョグレスするときも彼はまず僕自身という人間を知ろうと努力していた。僕はどうも、昔から何を考えているのかいまいち読めないらしく、未だに伊織くんはその持ち前の知識欲で僕の思想を探ろうとしているのではないかと思わされる瞬間がある。
そういう真面目な伊織くんだから、彼が選んだという女の子がどういった子なのか少し気になっていた。
「……あれ、さん」
「あ……こんにちは」
3限が終わって家に帰る途中、偶然さんに遭遇した。彼女は僕に気づくと、丁寧に頭を下げる。
「どこ行くの?」
「伊織くんのお宅まで、ちょっと」
そう言うと、さんは少し照れくさそうににやけた。
「ふーん、お家デートってわけだ」
「そ、そんなんじゃないですけどお」
「良かったね。僕もこれから家に帰るとこなんだ」
「あ。じゃあ一緒ですね」
「だねえ。せっかくだし、僕も挨拶しようかな」
と、そこまで話してから、僕たちは黙々と歩き始める。肩を並べて歩いてみるものの、さんは緊張しているのかうつむきがちだった。
顔見知りではあるものの、ほとんど話をしたことがない。僕は、基本的に誰が相手でも会話の間の沈黙は気まずいとは思わないけれど、彼女はどうやらそのタイプではないらしい。
「さんの話、たまに伊織くんから聞くよ。照れてあまり話したがらないけどさ」
「あれ、そうなんですか。意外です。……伊織くんって、一切そういうの話さないかと思ってました」
まあ、伊織くんもすっごくのろけてるわけじゃないよ? と笑いながら言うと、さんは小さな声ではい、と返事をした。
なるほど真面目な伊織くんとお似合いの純粋な子なんだな。
君たちが付き合う前に、伊織くんから恋愛相談されたこともあるんだよ、なんて言ったらこの子は顔を真っ赤にしてうろたえるのだろうな、と思った。
「私も、高石さんのお話を伺います。掴みどころがないけれど、親友のような人だ、って」
「……うーん、さんもなかなか正直に教えるんだね?」
僕がそう返すと、さんはまた気まずそうに下を向いた。
それにしても、2002年からもう何年も経つというのに、未だに僕のことを掴みどころがないとか思っているのか、伊織くんは。
そうして話をしているうちに、僕のマンションにたどり着いた。さんはロビーで迎えに来てもらうと言うので、一緒にソファに腰掛ける。
「……でも付き合い始めの頃って、私、高石さんにも、アルマジモンにも嫉妬してたんですよ。ほ、ほんの、少しですけど」
「そうなの」
すると、さんがそんなことを語り出した。
「だって、悔しいじゃないですか。付き合ってるのに、それよりも先に家族みたいに関係の深い存在が二人もいるんですよ」
「ふうん、可愛いね、さんって」
「……」
「あー、顔真っ赤だ」
「え、あ、そんな」
褒められるのも、苦手なのか。
とはいえ、あんまり言ってると、伊織くんに怒られちゃうかな。
「タケルさん、人の恋人で遊ぶのはやめてください」
「あ」
「い、いおりくん」
……と、ちょうど背後から声がして、振り返ると伊織くんが立っていた。
ごめんごめん、と謝ると、伊織くんは呆れたようにため息を付いた。
「じゃー、僕は帰って小説の続きでも書こうかな」
「はい、そうしてください」
伊織くんの語気にトゲがあるように聞こえるのは間違いじゃないだろう。早く立ち去るのが賢明だな、大学の図書館で借りてきた本もあることだし。僕はゆっくり立ち上がった。
最後に一つ、さんの言っていたことが気になったので、僕は声を掛ける。
「でもね、伊織くんがあんなに好きって言ってるんだから、心配することないんじゃないかな、さん」
「は、は、はい……!?」
「タ、タケルさん、もういいですから!」
「はは。じゃあね」
顔が真っ赤で半泣きのさん。珍しく焦った様子の伊織くん。素直に、面白いな、と思った。
200412