暗い話/ゼヴォのマグナモン
生命はそこにあるだけで美しい、というのは誰の言葉だったろうか。
生命の誕生は、明るい未来を創ることと同じで、だからこそ生命は美しい。あの言葉は、きっとそういう意味なのだろうと、私は思っていた。
「、アソンデ!」
「ぷー、ぷーっ」
「こっちだよぉ、」
「ねえねえ、ぼくもぼくも」
私を慕う小さないのちの声。
ただの人間である私は、デジタルワールドへデジタイズして以来、もうずっとパートナーのスワンモンと共にはじまりの街でデジタマや幼年期のデジモンの世話をしている。
かつて、世界を救う為に選ばれた子どもたちがいた、ということは聞いたことがあるが、それに当てはめてみると私ははじまりの街を守る為に選ばれた大人、ということになるらしい。はじめは戸惑いはしたものの、タイミングさえ合えば再びリアルワールドに帰れるとのことだったので、次第に私はこの生活を楽しめるようになった。
私は幼年期のデジモンたちに「順番ね」と声を掛けてから、皆のもとへ、駆け出した。
私の存在はこの場に於いては異質なものではあるが、慕われるのは純粋に嬉しかった。子どもたちから必要とされるたびに、仕事に対するやり甲斐が増してくる。
「。落としたわよ」
「えっ、ああ。ありがとう……」
スワンモンに言われ、私は哺乳瓶を拾い上げた。ミルクを作ろうと思っていたのに、いつの間にか哺乳瓶を落としてしまっていた。足元ではとりからボールモンが不思議そうに私を見上げていた。
こんな風になるので、疲れているのかもしれないな、と自分で思う時がある。身体の動きと、頭の考えが最近ずれているような気がする。私は人間だから、デジタルワールドには負荷が掛かるのだろうか。
まあ、とりあえず大きな支障はないから、よしとしようか。
*
「、マグナモン様がお見えになったわ」
いつものように子どもたちの世話をしていたところ、スワンモンから声が掛かった。そうか、もうそんな頃合いか。私はその言葉に頷き、庭へ出た。
原っぱにはかわいい幼年期デジモンがいて、その中心にマグナモンがいる。その光景は、何だかファンシーで可愛らしい。
「マグナモン様!」
「ご苦労だったな」
ロイヤルナイツのマグナモンは、このエリアの管轄を務めている。生命の誕生を司るこのはじまりの街は、デジタルワールドにとってはもっとも重要である場所の一つだ。
その為、マグナモンは定期的にこの場所へ訪れて様子を伺いにきてくれるのだった。
「無邪気なものだな」
「子供ですから」
楽しげにはしゃぐ幼年期デジモンを眺めながら、彼は呟いた。
「貴方にも、こういう時期があったでしょう」
「もう随分過去のことだ――」
マグナモンは、目を細めた。それでも究極体勢力の中での唯一のアーマー体なのだから、若いほうなのではないかと推測してはいるが、私はあまり彼の素性について問い尋ねたことはなかった。
ただの人間の私と、ロイヤルナイツに所属している彼は、本来ならば容易く関わってはいけないのだろうとは思う。イグドラシルと呼ばれるこの世界の神に従い、正義と秩序に基づき行動するのが彼らロイヤルナイツだ。
ロイヤルナイツのすべてが、ここにいる幼年期のデジモンたちに優しいとは限らない。けれど、少なくとも私の瞳に映るマグナモンは、悪いようには見えなかった。
だから、私もマグナモンと過ごすことが、好きだった。
「俺も、この子達の未来を護れたら良い」
マグナモンは足元にいたツノモンを抱きかかえ、壊れないようにそっと撫でる。私はマグナモンの手を見つめた。
「貴方の手は、とても優しいわ」
デジタルモンスターの本質は戦闘にあるというけれど、幼年期デジモンを撫でている彼の手はとても暖かなものだった。
*
はじまりの街で生まれるデジモンは、年々増える一方だった。だからこの場は常に慌ただしく賑やかで、忙しい。
けれどそれも仕事に対するやり甲斐があり、楽しいものだ。
「そういえば、身体の調子はどう? 」
「うーん。やっぱり、少し動かしづらいかもしれない」
「貴女は人間だから仕方がないのかもしれないけれど、不便よね。最近、デジタルワールドのデータが増えてきているみたいだし」
デジモンが多く誕生すると、必然的にデータは増える。その影響で私に負荷が掛かっているのなら、世界のシステムのどこかで調整がされないと困る。たぶん、私がダイエットをして容量が減るとか、そんなに単純な問題ではないようだろうし。
私はやはり、この世界にあっては異質な存在なのだと痛感させられる。かと言って、何かを変える力を持ち合わせているわけではなかった。
*
何かが、おかしい。
全てがデータで構成された世界、デジタルワールド。ここにいる私も、今はタンパク質ではなくデータの塊だ。しかし私はこの地で呼吸をし、二本の足で歩いている。だから、ずっとこの場所に何の疑問も持たなく生きてきた。
何も疑問を持たなかった、それが過ちだったのだろうか。
いつものように子どもたちのお世話をしていたところ、突如として辺り一面が……はじまりの街が、爆発音と煙に襲われた。
「……久しぶりだな、」
「な、なんで……」
煙が明けたその先にいたのは、マグナモンだった。
唖然とするばかりの私に、マグナモンはことの成り行きを話した。このエリアは、粛清される、と。
イグドラシルが放ったと言われるXプログラム。まさかとは思った。このはじまりの街が奪われては、これからの世界を担っていくデジモンは育たない。どうして、この惨禍は止まないのだろう。
「! 危ない、下がっていて!」
「スワンモン……、皆! だめ、無理しないで!」
スワンモンが羽ばたき、力の差があるとわかっていながらも技を放つ。
戦う力を持たない子どもたちは、狩られ、生命を散らしていく。僅かな抵抗として、酸のアワだけが虚しく舞っていた。
「どうして……」
「これがイグドラシルの選択だ。新たな生命の為に、デジタルワールドのサーバーには負荷が掛かる。だからイグドラシルはデリートプログラムを施行されたのだ!」
私は、貴方が何を言っているのか、分からない。
どうして、何故、あの時彼は、子どもたちに手を伸ばしたのか。どうして、あの温かだった手は、瞳はこんなにも、冷たいの余ろうか。
私は知らなかった。彼が何を信念として生きているのか。この世界が、どう創られたのか。
「……すまない」
彼の謝罪の言葉が、最後に聞こえた。
それがこの世界と、私の最後の一瞬だった。
*
その後、アルファモンとオメガモンにより、結果この世界は崩壊の危機を免れた。
自分の行いが全く意味のないものだと悟った時、俺は呆然とする他なかった。イグドラシルの選択、それを信じた自分は、信じた正義は一体何だったのだろうか。そして、あの時、エリアと共に消えたままの彼女は。
「ぷう、ぷう」
「ああ……、そろそろご飯か」
足元のポコモンが縋るように泣いた。俺はポコモンを拾い上げ、額を撫でた。かつて彼女は俺の手は優しいと言った。罪無き生命をデリートした、この手を。
はじまりの街の守護者はもう、何処にもいない。俺がこんなことをしても何の贖罪にもならない。
ただ、俺はこの地で、二度と帰ってくることのない彼女を待ち続けている。
200322