※甘くない/またオリデジみたいな話。

 うつし世はゆめ 夜のゆめこそまこと。
 かつて、リアルワールドの文豪が、そう言葉を残したという。それはまさしくこの地を表すに相応しい言葉だ、とデュークモンは思っていた。――ここは、どちらの世界にとってもうつし世ではない。この地の番人である俺にとっては、尚更のことだ。
 ここはデジタルワールドと、リアルワールドの境目のレイヤーである。この世のいちばん表面を辿ればリアルワールド。反対にその奥、深淵がデジタルワールドとなる。そのあわいの地が、ここであった。

 一部のデジモンと人間がパートナーとして関係を持つようになったとはいえ、未だ彼等は圧倒的少数派だった。デジモンのパートナーとなる資格を持ち、かつデジタルワールドへ行けるのはデジヴァイスを手にした人間だけであり、手にする経緯や原因も、解明はされていない。歳月が過ぎれば、双方の世界へと理解が深まるだろうが、少なくともこれから数年の間では、それは叶いそうにはない。ゆえに、このレイヤーはどちらに取っても異質の空間であった。
 ただ、双方がワールドを行き来するには、必ずこのレイヤーを経由することになる。そして、通過点であるはずのこの場所に時々迷い込んでしまう人間がいた。――も、その一人であった。

「デュークモン! 人間の女の子が、倒れている」

 部下のスターモンより報告を受け、デュークモンが向かうと、少女が地に倒れ、眠っていた。
 ネットをしている途中に、電車に乗って。この場所に迷い込む原因は様々であるが、彼女はどうやら眠っているときにこの地へ辿り着いたようであった。ここは、現実でありまぼろしの空間だ。
 目が醒めればまたふたたびリアルワールドへ彼女は帰還する。しかし、ここにはリアルワールドへ行こうと目論みやってきたデジモンが少なからずいた。――つまり、彼女をこのままにしておくのは危険だということだ。
 デュークモンはを拾い上げると、自身が拠点とする一帯へと連れて行った。

*

「目が醒めたか、君」
「えっ……」

 意識を取り戻したの目の前に広がっているのは……青白い光に満ちた電子的な空間と、鎧を纏った生き物であった。――デジモンだ。
 男性的な低い声に言葉を掛けられた彼女は狼狽し、反射的にその生き物から目を逸らした。寝ているだけなのに、こんなところにいるなんてわけが分からなかった。夢を、見ているのだろうか。

「ここは、世界のあわい。信じられないだろうが、この場所は現実だよ。君にとっても、俺にとっても」

 聞いてもいないのに、鎧の生き物は言葉を続けた。時折、こうしてこの場所に迷い込む人間がいるということ。の場合は、眠りから覚めればいずれまた現実に戻る、ということを。――それなら、やはりここは夢じゃないか!
 当然、いきなりこのような話をして信じてもらえるとはデュークモンも思ってはいなかった。だが、世界の交じり合うこの場所は、現実なのだ。
 は震え、その場でうずくまった。彼女に、エビバーガモンが駆け寄った。おかしい。けれど、きっとこれも幻だ。は、瞳を閉じて無理やりにでも寝ようとした。それから数時間すると、彼女は起床と共に、リアルワールド帰った。

 ――だが、次の日も、夜になると彼女は気付けばここに迷い込んでいた。夢のはずだったのに、またしても自分はここにいるというのか。全てに理解の及ばない中、歩いていると再び鎧の生き物――デュークモンと遭遇した。

「ふうむ。連続してこの地に来るとは……。この世の全てには、因があり、果がある。何か、原因があるはずだ」

 デュークモンは理屈っぽくに語りかけた。そして、原因を解き明かせば現実終わるよ、そう語る。そもそもがこの事象を現実と思っていないにとっては、荒唐無稽な話ではあったが、他に頼るあても、なかった。

「よろしく……お願いします」

 かくして、人間の少女は、夜半、この現実へ身を寄せることとなったのであった。

*

 青白い光に満ちたこのレイヤーは、むしろデジタルワールドよりも電子的な空間であった。デュークモンは一人、この不可思議な空を見上げる。
 ロイヤルナイツの一人であるデュークモンは、この地の守護を命ぜられていた。数少ない部下を連れ、のように迷い込んだ人間を送り届け、リアルワールドへ向かおうとするデジモンを差し止めるのが、彼の役割だ。
 ここ最近は夜になると――とはいえ、このレイヤーにおいて昼夜の概念はまるでないので、おおよそ該当するであろう時間に過ぎないのだが――、が、必ずいた。

は」
「あちらですよ、今日もああしてひざなんか抱えてるんです」

 ナイトモンが指差すほうを見ると、はリリモンと手をつなぎ、何か話しているようだった。
 リリモンは人間の女性に近い姿をしているので、話しやすいのだろう。ここに来て数日もすれば、二人はすっかり意気投合していた。しかし、デュークモンはが時折見せる、ひどく怯えた姿が気になって仕方がなかった。

「ああ、あの子? 昔、リアルワールドであったみたいでねえ、男には全然口聞いてくれないんだ。デジモンたちでさえダメだってんだから、よっぽどだわあ」
「成程。それで、あの様子か」
「あらデュークモンさん、あなたリボンを付けたらどうかしらね?」

 大真面目に提案する、リリモン。それでが騙される訳がないだろう。第一なぜ俺がそんな珍妙な格好をしなくてはならないのだ。
 しかし、のその男嫌いは――ここに迷いこんでしまったことと、関係があるのだろうか?

。……少し、いいか」

 デュークモンは、と直接話をしてみることにした。
 名前を呼ばれると、彼女はびく、と身体を震わせた。彼女のその姿は気の毒であったので、デュークモンは十分に彼女と距離を置いて座った。
 人間の小さな姿と、鎧をまとった騎士。二人の影がデジタルノイズとして映り、揺れる。のそれは、騎士の半分にも満たないであろう、儚い姿であった。

「すまない。驚かせるつもりでは、ないんだ。ただ、今後きみを救うために、少しでもいいから話がしたかった」
「す、救う、そ、そんな、滅相もない」

 このデュークモンというひとは、不思議だ。出会ったばかりの私に対しても、こんなに気を遣ってくれている。
 デジモンというものが存在しているのはニュース番組やネットの噂で聞いたことはあったけれど、闘争本能の強い生物である、という認識しか持っていなかった。けれど、それだけではないようだ。
 は意を決して、口を開いた。

「あ、あの。……昔、私は不審な男に追い掛けられたことがあって。子どもの時の話なんですけど。私の家、お父さんはいつも帰ってくるの遅いし、男兄弟いないし、小学校から大学までずっと、女子校通いだし、だから……余計に」

 は、目を合わせることなくそう語った。
 そもそもデジモンには生物学的な性区分はなく、男だ女だという性別というのは、ただのジェンダーに過ぎない。しかし彼女にとってはそれすらも受け入れられないようであった。

「本当はこのままじゃダメだって、分かってる。けれど……私には、くるしい」

 男と関わらずに生きるなんて、無理な話だ。大学の教授、コンビニの店員、バイト先の上司。
 頭では、男の全員が悪いわけではないと当然分かっていた。理屈で理解はしても、心がそれについていかないのだ。
 ところがこの空間には、人間はいない。デュークモンをはじめとしたデジモンはいるけれど、根本的な数がリアルワールドの人間とは比較にならないほど、いない。――ひと思いに、ずっとここにいたいとすら思うほどだった。

「一つひとつ、乗り越えてゆけばいい。まだ、きみは若いのだから」

 デュークモンの低い声が優しくなる。は、伏せていた顔を上げた。表情こそ読み取りづらいけれども、その声のトーンはの心を落ち着かせるには十分なものだった。
 デュークモンは、の心に触れたいと思った。

*

 解決の糸口が掴めぬまま、数週間の時が流れた。
 相変わらずはリリモンとばかり話していたが、日に日に表情は穏やかになっていた。
 しかし、ここには時として不届きな者が迷い込む。今、の目の前に現れたものも、そうだった。

「人間よ、我がパートナーとなるのだ」
「ひ、……!!」

 リリモンと話をしていたところ、地からコウモリが羽ばたき出したかと思うと、不気味な姿のデジモンが現れ、辺りが一面闇へと包まれたのだ。
 異形の者に対する恐怖感、男への嫌悪が入り混じり、は青褪める。
 ――アンデッド型の吸血鬼デジモン、ネオヴァンデモンだ。

っ」

 突如として起こった異変の元へ、デュークモンも駆け出す。彼女とリリモンを守るようにして、目の前へ立った。

「人間を狙い、リアルワールドへ向かおうという魂胆だな」

 デュークモンがそう言うと、ネオヴァンデモンはそれの何が悪い、と居直る。不容易に互いの世界に行くべきではない。ましてや、このように悪意あるデジモンならば尚の事。

「ふざけたことを抜かすな。この俺、聖騎士デュークモンが相手してやろう」

 デュークモンが聖槍を構え、空へ浮かび上がるネオヴァンデモンを見上げた。その刹那、ネオヴァンデモンはデュークモンへと飛び出し、悪魔の如き長い腕をのばして殴りかかった。デュークモンはそれを交わし、拳がマントを掠める。

「貴様の人間に対する不信感に、我が魂がリンクして貴様はここに誘われた。毎夜毎夜、貴様をここに慣れさせるために呼んだのだよ」

 は絶句した。要するに、がここに迷い込んだ原因は、すべてこのデジモン一人にある。

「おまえのくだらない野望に彼女を付きあわせないでもらおうか」
「ふん。我はこの女の夢を経由して、リアルワールドへ向かう。どうだ、浪漫があるだろう」

 たわけごとを。デュークモンはそう吐き捨てると、聖槍を振る。それを受けたネオヴァンデモンは後退したが、すぐに反撃の拳を放つ。

「……っ」

 はじめから、そうだった。この人は私を助けてくれた。男とか、女とか、そうじゃなくて。彼の心の誠実さには、性別も、種族も関係ないのだとは思った。

「ま、負けないで……デュークモン!」

 気付いたら、心からそう叫んでいた。
 今、私にできることは、こんなちっぽけな応援だけれど……どうか、お願い。

「ああ、ありがとう。ここで倒れるほど、ヤワではないよ」

 デュークモンが走る。浮かぶダストを足台にして、デュークモンはネオヴァンデモンへと飛びかかった。そして一突き。それが決め手となった。

*

「終わったな」

 デュークモンがそう言うと、は小さく頷いた。
 ネオヴァンデモンが倒れた今、がここへ迷いこむことはなくなった。
 再び、リアルワールドへ戻ったには、色とりどりの世界が広がっているのだ。
 命を助けられたのだ、このまま別れるのは、後ろ髪を引かれる思いだった。

「男がどうとかじゃなくて、いろんな人がいると思うんです。……ここに来て、それがよく分かった」
「ああ。一歩。踏み出せたな。夢のような場所に思うけれど、成長があるからここは現実なんだよ」
「成長……」

 私は、成長できたのだろうか。デュークモンの言葉を反芻して口に出してみるけれど、自分では実感がなかった。けれど、確かにここに来て、デュークモンとここまで話せるようになったのは彼女にとって大きく変わった出来事の一つであった。――やっぱり、このまま離れたく、ないよ。

「もう、会えないですか」
「住む世界が、違うからね」
「私、もっと変われるかな」
「ああ、きっと」
「……また、相談に乗って欲しかった」
「…………俺のパートナーになればいい」

 はっ、としてはデュークモンを見返した。
 デュークモンは、の澄んだ瞳をみつめかえす。ああ、初めて正しく目があったな。

「……それなら、ここだけじゃなくて、お互いの世界を、行き来したい、ね」

 は、デュークモンから目を逸らすことなく、笑った。
 少しずつのペースでも、君は確かに成長している。俺が惹かれたのは、君のひたむきさなのだから。そしていつか互いのあわいが解け合って、俺達は新しい現実を見るのだ。


190519
お題箱より:デュークモンと男性恐怖症の少女

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