※電波なお話/拍手お礼

 夏は、太陽や湿度や蝉の声に魘されている感じがする。私はよく「早く夏が終わればいいのに」と文句を言いがちだけれど、輝一くんはそうだねえ、なんて曖昧に頷いているだけだった。輝一くんは、いつだってそうだ。
 特に、最近の輝一くんは笑っているはずなのに、時折どこか暗い表情を見せるときがある。
 けれど、けして輝一くんは私に心を開いてはくれない。彼はいつだって優しく笑いかけてくれるけれど、それは本心ではないように感じられる。
 小学生の頃も、同じようなことがあった。当時の輝一くんは実の弟と父親について知り、ひどく悩んでいた。ただのクラスメイトでしかなかった私が分かるほどに彼の様子はそれまでとは異なっていて、私も手助けをしたいと思っていた。――結局、彼を救ったのは同じくデジタルワールド、に旅立った彼の弟と仲間たちだったのだという。

「おはよう」
「輝一くん、おはよう!」

「今度の日曜日、空いてる?」
「もちろんだよ!」

 向こうから話し掛けてくれることはあっても、一緒に遊びに行くことはあっても、輝一くんはあまり自らのことを語ろうとはしなかった。
 私は、それが悲しかった。輝一くんは私と付き合っているのに、本当に私のことを好きなんだろうか――なんて、くだらないことまで邪推してしまう。何を考えているのか、私をどう想っているのか、それを聞くことさえも私には難しく感じられる。
 私の悲哀とは裏腹に、夏の太陽はジリジリと大地を照りつけてうだるように暑い。

 ある日、私は輝一くんと二人で歩いていた。
 通り道の河川敷には親子連れや、自転車を飛ばす部活帰りの中学生がいて、平和な町並みそのものだった。
 輝一くんは優しいから、私に歩幅を合わせて歩いてくれている。横目で彼を見れば、ふふ、と笑った。

「輝一くん」
「なに?」
「最近、無理……してない?」

 すると輝一くんは紫と茜色の入り交じった夕空を見上げた。不思議な色合いの空に輝一くんが溶け込んでいて、まるでひとつの絵みたいだと思いながら私はその後姿を見つめていた。

「大丈夫だよ」

 そう私の方に振り向くと、今度は悲しそうに微笑った。逆光となった太陽が僅かに輝一くんの頬を照らす。蝉が疎ましく鳴いている。
 「もう昔みたいにはならないから」と最後に付け足して、輝一くんは私の手を取って再び歩き出した。

「輝一くん」

 名前を呼べば、輝一くんは微笑みを返してくれる。けれど、私にはその笑顔が痛かった。
 輝一くんの悩みが、私一人がどうしてだろうと考えて、容易く解決する程度の問題なら良かったのに、といつも思う。


*
 起床すると、不在着信があった。それは輝一くんからのもので、時刻は深夜三時を過ぎたころ。彼からの電話が、こんな時間にあるはずがなかった。
 ――それでは、この電話は。根拠のない不安が私を戦慄させた。嫌な予感しか、しなかった。
 携帯に掛けても、家に掛けても、輝一くんが出ることはなかった。
 輝一くんのアパートの二階に駆け上がる。ドアを開けると輝一くんは電気もつけずに、ただ座り込んでいた。

「どう、したの……」

 それに対する返事は返って来なくて、その代わりに輝一くんは私を抱きしめた。強く、つよく。
 きみにだけは、心配させたくなかった。私の肩を掴みながら、耳元で輝一くんが囁いた。彼の声が、震えていた。
 こんな時でも彼は私に何も話そうとはしない。けれど、私を抱きしめる腕は、確かに私を必要としていた。彼が何かに思い詰めて、最後にすがった先が私なら、私はどんな彼だって受け入れよう。私は輝一くんを安心させるように、彼を抱き返していた。彼も、私もたぶん泣いていた。
 窓からは、残り僅かな力を使い果たそうと蝉が鳴く声が聞こえ、時折、蝉の役目は終わったのだと告げるように鈴虫が唄っている。季節は、秋に変わろうとしていた。




160219修正
(元はだいぶ昔に書いていたものです)

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -