「誰か!! 助けてくれ!!」

 ビルの谷間を駆け抜け、男は逃げ続ける。男は、人ならざるものに追われていた。足がもつれ、地面に倒れこんだ。……これで、オシマイなのか?
 そう男が考えた瞬間、爆発音とともに、六人の闘士が現れる。

「待たせたな!!」
「もう安心して!」
「ここはオレたちに任せろ!」
「あなたは今のうちに逃げて!」
「よし、行くぞ!」
「おう!」

 現れた六人、そう、彼はーー

「We are, FRONTIER!」


*

 この街には、デジモンに進化して、皆を護ってくれる人たちがいるらしい。噂で聞いたことがあるだけなのだけれど、彼らはまるで特撮モノの変身ヒーローみたいだった。
 そういうリアルなご当地ヒーローに一度は会ってみたいな、とか思ったりはするけれど、そもそも悪いデジモンに襲われるなんて危険な目には遭いたくはない。わたしには、伊織くんみたいにパートナーデジモンがいないんだから。

 私は、伊織くんのお母さんと一緒に作ったおはぎを抱えて、道場を訪ねた。けれど、伊織くんはまだ稽古中みたいでここにはいなかった。
 道場の廊下に、ウパモンがいた。

「ウパモーン。伊織くんって、まだ終わらないかな?」
「しばらくかかるがねぇ。おれと一緒に待つがや」
「分かったあ。終わったら、おはぎ食べようね」

 すると、ウパモンは小さな身体で(一頭身だから頭という方が正しいのかもしれない)飛び跳ねて、喜んでいた。
 私は、そのままウパモンの隣に腰を下ろす。

「私もウパモンみたいなパートナー、現れたりしないかなあ」
「そだがねえ! そのうち、来るがや」
「うん、早く来るといいなあ」

 ウパモンは、伊織くんのパートナーデジモン。なんでも、ある年を始まりとしてデジモンを持つ人間が年々増えているとか、なんとか。
 実際、学年でもパートナーデジモンがいる子がたまにいたりするし、伊織くんだってその一人である。……しかも伊織くんは小学生のときに仲間たちと悪いデジモンを倒して人間界を護った、だなんてすごい経歴をお持ちになっていたりする。

 と、ウパモンと二人でパートナーにするならあのデジモンがいい、なんて話し合っていると電話が鳴った。画面には、氷見友樹の表示がある

「あ、友樹くんからだ。……もしもしー」
ちゃん。今、ヒマ?」
「ヒマっちゃヒマだけど、伊織くんのお稽古終わるの待ってんの、ウパモンと」
「そっか。泉さんがさ、この間言ってた美容院のクーポンくれたんだよ。ちゃんにって」
「きゃー、さすが泉さん優しいー!」

 泉さんは、友樹くんが親しくしている二つ上の高校生のお姉さんだ。泉さんはモデルかと思うくらいスタイルが良くて、とっても美人でおしゃれだから、私は密かに憧れている。
 この間会った時は、泉さんの髪があまりにも綺麗だったからどこの美容院に行っているかなんて訪ねたのだった。
 友樹くんはいま家にいるとのことだったので、私はついでに借りていたCDを返そうと思って友樹くんに会いに行くことにした。稽古が終わるまでは、まだしばらく掛かりそうだ。

「じゃあ、僕、家で待ってるね」
「オレも、行くがやー!」
「うん、ウパモンも一緒に」

 電話の向こうの友樹くんにもウパモンの声は聞こえていたみたいで、友樹くんはくすっと笑った。

「パートナーデジモンって、可愛いよね」
「伊織くんが羨ましい?」

 ふと私が呟いた言葉に、友樹くんが聞き返す。ウパモンは可愛い、と褒められたことに「オレはかっこいいんだぎゃ」とか言っている。
 私は、友樹くんの言葉を「うん、」と肯定した。

「少しね。だって、伊織くんって、すごいし。世界を救っちゃった一人、なんでしょ」
「……そうだねえ、ヒーローみたいだね」

 ヒーロー、と呟いた友樹くんの声が、やけに私の中でリフレインする。
 そうだ、かつて友樹くんはヒーローに憧れていた。
 友樹くんは幼稚園を卒園してすぐ引っ越しをして、小学校三年生の終わりごろに再び帰ってきた。
 友樹くんが引っ越していた先での出来事を、私は知らない。友樹くんが、あまり語りたがらなかったからだ。
 幼稚園までの友樹くんは、お兄ちゃん子で、とても泣き虫で、私や伊織くんの後ろでじっと様子を伺っているような、そんな子だった。
 そんな泣き虫だった友樹くんは、帰ってきてから急にたくましくなっていたのだった。




 私はその後すぐに電話を切って、ウパモンを連れて友樹くんに会いに行った。


「オネエチャーン!」

 ……友樹くんに会いに行ったはずだったのに、どうしてこうなった。
 私は、今まさにヌメモンに追いかけられて街中を全力疾走していた。

「やー!! し、進化して! ウパモン!!」
「無理だがやー!」
「オネエッチャーン! デェトしよおよー!」

 何故か私は、いつの間にかリアライズしたらしきヌメモンに街角で遭遇して、デートを迫られている。ちなみにヌメモンの手にはピンク色のアレが握られている。
 ウパモンは伊織くんがいないと進化できないし、ピンク色の例のアレがいつ飛んでくるか分からないから恐怖しかない。

「パートナーになってよお〜!」
「ひいいい!? 私はもっとアルファモンとかかっこいいのがいいのー!」
「それはオメガモンが2005年に戦って倒してただろーオネエチャーン!」
「知らないよそんなのー!!」

 ヌメモンはわたしをずっと追いかけ続ける。私も、必死こいてヌメモンから逃れようとする。
 なんか映ってはいけないようなピンクの柔らかくてクサいものが飛んでくるのは気のせいかな!?

「ヤダヤダ、絶対当たりたくないいい〜!」
「待てェ、オネエチャーン!!」
っ! もっと早く逃げるだぎゃ!!」

 それからしばらく逃げていると、今度は黄色いクマのデジモンがのしのしと歩いている姿を目撃する。ええっと、確かこのデジモンの名前は、もんざえモン、だ。
 こんなファンシーな見た目だから、きっと悪いデジモンじゃないだろう!

「た、たすけて、もんざえモン! 変なデジモンに追われているの!!」
「あっ、! ソイツは、ダメだがね!」

 私はもんざえモン、に抱きつく。誰でも、何でもいいから、この状況を打破して欲しかった。ウパモンはどうしてか嫌がっているけど、そんな場合じゃない!
 もんざえモンは、抱きついてきた私をじっと見つめる。た、たすけて、くれるよね?

「オ・ネ・エ・チャアーン」
「……ひ!?」

 でも、聞こえてきたのはあの悪夢のようなしゃがれた声。……ヌメモン、だ。

「ソイツの中身は、ヌメモンだぎゃ!」
「な、なんでそれを言ってくれないのよ〜〜!」
「言ってるぎゃー!」

 もんざえモンだけでなく、ずっと私たちを追い続けていたヌメモンたちの方にも、そろそろ追いつかれそうだ。
 その時だった。

「アヴァランチステップ!」

 辺りに冷気が充満する。
 そこにいたのは、白いゴリラのような生き物だった。強そうなデジモン、だけれど私を守ってくれる……?

「お前は……氷の闘士、ブリザーモン!」

 ヌメモンたちは、ゴリラさんを見て大層驚いている。こおりの、とうし。
 氷の闘士は、小さな白熊のような姿と、白いゴリラのような姿、二つの形態があるらしい。闘士、とうし、スピリット……。そうだ。このデジモンは……チームフロンティアの人だ!

「今のうちに逃げて!」
「ゴ、ゴリラさん……!」

 ぱっとゴリラさんの正体について合点がいったのと同時に、ゴリラさんは私に振り返り指示をする。
 私は、ウパモンと共に少し離れた所まで走り、どこかの家の塀の後ろに隠れた。
 塀から様子を伺うと、そのデジモンは手に持った斧を振り、あっという間にヌメモンともんざえモンを追い詰めていく。

「く、くそっ!!」
「覚えてやがれ……!!」
「いじめ、いじわる許さない。このブリザーモンが、氷のように勇気を固めて浄化する。デジコード・スキャン!」

 そして、そのデジモン……ブリザーモンは二体のデジモンを倒してしまったのだった。

*
 幼なじみは、はしゃいだ様子で昨日の出来事をボクに伝える。その頬は、りんごみたいに少し赤い。
 あれが噂のチームフロンティアだよ、氷の闘士が来てくれたの。彼女が早口でまくし立てる話を、うんうんと聞く。

「その白いゴリラのデジモンが、とーってもかっこよかったの!!」
「へーえ、よかったね」

 小学生の頃、ボクはヒーローに憧れていた。転校して、いじめられていたボクの、唯一の救いだったのは特撮のアクションヒーローだった。
 既にデジモンがいた伊織くんはともかく、ちゃんには何も話したことがなかった。

「やっぱり進化できるって、とってもすごいんだね!」
「そうだねー」

 ニコニコ嬉しそうなちゃんは、とても無邪気だった。君はまだ、知らない。だから僕はまだ、君には秘密にしておくね。


9歳の僕とあの日の選択
(君が知らない僕の秘密)


151025

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