「もういやだ、ほんとにいやだ」

 気難し屋のパートナーは、すっかり機嫌を損ねて毛布にくるまっている。一度彼女がこうなってしまえば、なかなか元通りにならない。

「なあ、君。それほど杞憂するようなことてわはないよ」
「うるさい、やだ」

 事の発端は、僕が彼女との約束を守らずに研究に明け暮れていたことにある。
 約束を守らずに、というよりも、僕が彼女とのことに気付かず研究に没頭していただけなのだが……。ああ、しかし今思い出してもあのデジタルワールド創世記についての文献は忘れられない。古代種と呼ばれるデジモンとエンシェントデジモンについての関係性や、デジタルワールド原始のプログラムは……

「ちょっと、ワイズモン」
「はっ。いかん、剣呑剣呑」

 思わずトリップしてしまった。彼女は僕を睨みつけた。
 僕は、一つのことを考え始めると周りが見えなくなる傾向にある。しかし僕は知識の探求者。紋章でいえば知識の紋章、リアルワールドでの研究者で例えるなら泉光子郎である。

「今日はずっと楽しみにしてたのに、もうこんな時間だよ」
「その間、君はずっと待っていてくれたのだね。なに、それは申し訳のないことをしたな」

 時刻は既に日付を超えようとしている。
 彼女は、今日一日中閉じこもったまま出てこない僕のいる本を抱えていたそうだった。そんな彼女を想像するとやり切れない気持ちになる。だがしかし、あのイグドラシルやホメオスタシスといった概念が存在する一方三大天使やシャカモン、ユピテルモンのように多種多様化する宗教文化についての考察未だ衰えることを知らず……

「なんでニヤニヤしてるのよ!」
「はっ、これは失敬」
「本当に、ワイズモンの考えてることが分からない」
「それはそうであろう。僕は飽くなき知識欲に従って生きているわけだから、僕の思考や関心は絶え間なく変化するのだよ」
「……もういや、ワイズモンと喋ってると窮屈だよ」
「まあまあ、機嫌を直して。今は確かに夜夜中だけれど……ほら、夜間飛行でもするかい」
「……飛べないくせに何言ってるのよ」
「おっと、これは痛い所を突かれたなあ」

 彼女の言葉、一つひとつが刺々しい。
 考えていることが分からないと言われたけれど、むしろ簡単に分かってしまうようなパートナーでは困る。常に互いを知ろうとし、高め合う。そんな関係にこそ僕は共に在る意義を感じている。

「いいかい、。僕は君のことを誰よりも知りたいと想っているよ。神に誓ったっていい。ああ、この神というのは解釈によって異なるので一概には言えないが、いや何、何故なら昨今のデジタルワールドは日本のように八百万の神々がいて例えばそれはファンロンモ」
「……」

 無言の圧力だ。彼女は、僕をジロリと睨んだ。
 きっと、いくら言葉で説明しようとしても、伝わりはしないだろう。
 パートナーとなってから数年の月日が流れ、僕は誰よりも彼女の近くにいた。……けれど、まだ彼女のすべてを知りはしないのだ。
 僕は誰よりも彼女のことを知ろうとしているし、愛しく想っている。彼女はそんな僕には、おそらく気付いてはいない。
 彼女を知らないから、僕は知識として沢山の言葉を持っていても、何一つ彼女を納得させられない。

「なあ、」 

 僕はそっと近づいて、布団の彼女をそっと抱きしめた。さすがにこれは不意打ちだったらしく、腕のなかの彼女は身体をばたつかせている。

「な、に……」
「なかなかに、初な反応じゃないか」

 彼女の頬が紅潮し、口数が少なくなる。なるほどなと僕は一人納得して、微笑みななら彼女の頭を撫でた。
 僕らは二人で夢の中にもぐり、そして互いを知るのだ。……知りたいと思える対象と常に共に在る。これほど幸福なことは、きっと他にはないだろう、



151022

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