私には、生まれつきパートナーデジモンがいる。
 だがしかし、いくら名前を呼んでも、私のパートナーは覚醒することはなく、永い間刻一刻と眠り続けている。
 私が産まれたときから彼は既にこの姿を保っていた。彼の名前は、ベルフェモン・スリープモードという。
 目の前で眠る彼を一瞥して、部屋から出た。冷たい金属と木造の柱が噛み合う音がする。
 私の部屋の横の物置は、ベルフェの寝室になっている。私は起床すればその部屋に入り、眠る前にも同じようにそこへ訪れる。今日もだった。
 幼いころは彼の目覚めを今か今かと待ち望んでいたが、十数年もこの状態が続いても、いつまで経っても眠り続ける物体に、良い感情を持てずにいた。

「最近は物騒だから、気を付けたほうがいいわ」
 この頃、各地で野生デジモンによるパートナーデジモンを持つ人間が対象の狩りが頻発しているというのを、通りすがった母の知り合いから聞いた。とは言っても、私には関係のないことだ。ベルフェモンはただ寝ているだけで、存在しないに等しい。
 空は紫色に染まっている。私は学校の帰り道を、一人で歩いていた。
 私は子どもの頃から、うまく人の輪に加わることができなかった。人見知りをしてしまう性質があるからだと思っていたが、ある日、学校で悪魔のデジモンを持っているからアイツには近寄らない方がいい、とクラスメイトが噂していたのを聞いてしまってからは人と積極的に関わろうとするのをやめた。
 パートナー関係を結ぶ人間とデジモンは年々増えていて、私のように生まれつきパートナーがいる人間もそう珍しくはないが、赤の他人がどう思うかなんてことは、別問題なのだった。
 いつものように川沿いの土手を、歩く。昨日雨が降ったばかりなので、川の水は泥と混ざり、濁っていた。
 ――私はもし死んだらネットの海に水葬されたい、と思った。融かれていく私を、デジモン達は啄む。デジモンは亡くなったらはじまりの街に還り、生まれ変わりを果たすけれど、私は人間だから死んだら、もう終わりだ。
 たくさんのデジモンはいるけれど、私のパートナーのようにただ眠り続ける者はいない。皆、パートナーの人間と一緒に過ごして、笑いあう。物語の中のパートナーデジモンは、自らの危険も厭わずに守ってくれる。
 私がネットの海で水葬されたいと願うのは、デジモンに対する――特にベルフェモンに対する皮肉に近いように感じる。寝ているだけなら、はじめからいなくてもいいのに。


「ベルフェモン……」
 帰宅して、また私はベルフェモンの眠る部屋に向かった。
 七大魔王とか、三大天使とかロイヤルナイツとかそういうのに区分されるデジモンは現実には一個体しかいないそうだ。つまりベルフェモンは元々私のパートナーと、神話のなかだけにしかいないデジモンということになる。
 神話のベルフェモンは、千年に一度だけ目覚めるという。人間は百年生きられば珍しがられる。私とベルフェモンでは根本的な寿命がちがう。千と百。十分の一で気が遠くなる。


 暗い思想を持っても何も意味はないと分かってはいるものの、私は毎日、同じことを考えてしまう。パートナーなんていなければ、と。
 冬の風は乾燥していて、ぴしゃりと冷たい。せめて太陽が出ていたらいいのに、と思いつつ、私は濃い紫色の空を、仰ぎ見た。そこで、ふと違和感に気付く。
 太陽が、今の時間にはあるべきはずの位置になかった。
 曇っているからか、と疑問を感じるよりも先に、辺りは闇に包まれる。そしてその中から複数のデジモンが沸いてくるように出る。人間狩り、母の知り合いに言われた言葉が脳裏を過ぎる。
 デジモン達は私を口汚く罵った。一匹は、必殺技を放とうとする。武器も何も持たない生身の人間は、デジモンにはかなわない。ここで、死にたくない。
 そのときだった。目映い光が辺りを支配して、聴神経に強烈な爆発音が轟いた。そのデジモンの必殺技なのかと私は思ったが、どうやら違った。

「べ、ベルフェ……?」
「お前を、守ってやる」

 現れたのはベルフェモンだった。私は大きな彼の背中を見つめる。それは間違いなく神話で見た、レイジモードの姿だった。

「ど、どうして」

 声がひどく震える。涙のせいで視界がにじむ。ああ、私は今どんな表情をしているのだろうか。

「俺はお前のパートナーだからな」

 ベルフェモンはそう告げた。そして、襲いかかってくる無数のデジモンに立ち向かっていく。
 私は嬉しさと憎さで胸が詰まって、何も言えなかった。
 ずっと、死にたい、と漠然と思っていた。けれど、本当は生きていることを肯定されたかっただけ。そして、今は、彼に命を預けて私はここにいる。

アメジストの水葬
 わたしをまもる、そのひと



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修正---210623

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