一週間ほど前から、入院している少女がいる。少女は目蓋に軽い傷を負ったようで、目には包帯が幾重にも巻かれている。
自分がはじめて彼女と出逢ったのは彼女が入院するより少し前のことで、少女は病院近くの公園で本を読みふけっていた。勿論少女にはまだ包帯なんてものはなく、瞳がページを捲るたびにきょろきょろ動いていた。
再び彼女に出逢った(といっても、向こうは自分を意識していなかったが)のは、三日前。
「……はあ」
病室に、ため息をつく少女の姿があった。自分がその部屋の窓を通り過ぎようとしたとき、「ねえ、」と声をかけられた。気配で俺を感じ取ったのだろう。
「俺か?」
「うん。」
少女が目蓋に傷を負ったのはイタズラ好きの成長期デジモン――ドラクモンのせい。気付いたらドラクモンに小突かれ、医者にかかることになった、というのを自分は彼女の口から聞いた。彼女はそのことからデジモンのことをあまりよく思っていなかった。寧ろ、大嫌いだと。
しかし、彼女の眼は包帯で塞がれているために、彼女の話相手となっている俺の存在が何者であるか、など当然知らなかった。
自分には罪悪感が残ったが、だからと言って急に自分の正体を告げるわけにもいかず、俺は彼女に自らのことを語ろうとしなかった。
「さようなら、いつもありがとう!」
少女は明るい声で笑う。自分はその声を聞き届けて病室から出ていく。
あの子は目に包帯をしているから、自分の姿が見えない。それなら、それならいい。だがもしあの少女が自分の姿を知ってしまったら? あの子が一番嫌いだと言っていた、デジモンだと知ったら? 少し、恐ろしくなる。運命とは皮肉なものだ。こういう風に、誰かのことを――…しかも人間のことを想うなんて、自分にしては、珍しい。自分はあの少女が好きなのだ。彼女は美しい。……自分もロードナイトモンの野郎みたいになってしまったな。
「私、あなたの姿を見るのが楽しみ」
少女の目蓋の傷はだいぶ癒えたようで、明日には包帯がとれるそうだ。そしたら、そしたら? 自分はどうするか。
もちろん、どうするかなんて、分かりきったことだった。
「俺も、包帯のないお前を見るのが楽しみだ」
自分にはただそれだけしか言えなかった。しかし、俺は彼女の傷が癒えたらもうここには近づかないようにしよう。傷付く彼女を見たくない。だから、俺はもういい。――究極体の癖にこんなことで怯える自分はひどく馬鹿馬鹿しい、とも思った。
俺は二度とあの場所には行かないし、少女に会おうとはしない。
* * *
包帯が取れて、視力が完全に回復した少女は、早速いつもの話相手のあの人を探そうと待っていた。
少女は、"あの人"の正体がデュナスモンというデジモンであるということは知っていた。
ある日たまたま少女の病室の窓付近でデュナスモンを目撃した看護師が居たのだ。
時間と計算して考えれば、デュナスモンが話相手だったということは簡単に分かる。その看護師が、少女にデュナスモンの存在を、伝えたのだった。
少女は一度、デジモンが嫌いだとデュナスモンに言ったことがある。
しかし、話相手の存在を知って、少女は不思議と嫌悪感が沸かなかった。
「会いたかった、のに」
少女はボソリと呟いた。
二人が巡り会うのはいつになるか。誰にも分からないことだった。彼はデジタルワールド、少女はリアルワールドの者だった。生まれてくる世界が、ちがった。ただ、それだけ。
090828(分かり合えない)