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目の前でピーチティーを飲むさんは、やはり奇麗だった。身体が華奢で睫毛が長い。まるで人形のようだ。
「光子郎くん。どしたの」
ひらひらとさんが白い手を揺らし、僕ははっと我にかえる。何だか、少し恥ずかしい。
「いえ……、奇麗だな、と」
言ってから気付いた。
あっ、やってしまったと。
呆気にとられて、ついしてしまった返事にひどく後悔する。僕はさんが好きだが、今このタイミングで甘いセリフを言うなんて考えていなかったのだ。何だか、先程からどうも僕は失敗ばかりだ。
「そうだね。わたしもそう思うよ」
ところが、さんはあっさりとそう言いのけた。そうだねわたしもそう思うよ。そうだねわたしもそうおもうよ。
さんは別段ナルシストではない。では、何故僕の『奇麗』だという発言を肯定したりしたのだろう。
「このカップ、でしょう?」
さんの発言を聞いて、情けなく肩の力が抜ける。とてもべたな勘違いだ。さんは自分が今飲んでいる紅茶のカップを指差す。
「わたしもね。この前来たときからきれいだなって思ってたんだ」
はあ、とため息をつく僕に、さんは語った。
あの言葉の意味が悟られずに済んだのかと安堵すると同時に、恋愛対象に自分は含まれていないのかと落胆する。さんは「この店ってケーキも美味しいんだよ」と言いながら、ベイクドチーズケーキを頬張る。
さんと僕は、こうしてパートナーも連れずに二人だけで出掛けることが今までに何度かあった。今日も、さんが好きだと言う喫茶店にいたのだった。なんでもいいから僕はさんと居れるという事実が嬉しかった。
「なんだろな、空たちと来るより光子郎くんと来たほうが楽しいや」
「ぶっ」
その言葉で僕は思わずむせる。この人の場合、本気でこういうことが言えるから怖い。
「やだ、こーしろーくん大丈夫!?」
「す、すみません」
ああ、またさんの前でみっともないことをしてしまった。
「なんで突然そんなにむせ――って、あ」
先ほどの自分の発言に気付いたのだろうか、みるみるうちにさんの頬が紅く染まってくる。お陰で僕も緊張する。
「ご、ごめん……あぁ、わたしってバカだね」
「い、いえ」
ぎこちない空気が辺りに充満した。さんは、ピーチティーを飲む。
僕はもういっそのこと、このまま告白したい気持ちになった。
「ほんと、ダメだわたし。……わたし、光子郎くんが好きだから、つい」
「え」
――天然とは、恐ろしい。
そうして
とけていく、時間
091211