彼の刃がわたしの闇に
ダークゲートを通り抜けると、辺りは一気に薄暗くなった。闇の大陸の名のとおり、大地には太陽の光が射しこむことがなく、デジモンの姿もない。――怖い。[2/3] 「想さん、大丈夫だよ……! 拓也お兄ちゃんも、みんなも、いるもん」 「あ、ありがとう」 友樹くんがまるで拓也くんがさっきそうしたように、わたしを励ましてくれた。友樹くんはわたしの手を取り、歩く。わたしを安心させようと握ってくれたんだろうそれは、わたしを少しだけ心強く感じさせた。――友樹くん、ヒーローみたいだ。 「デジモンの幽霊、って、いるのかな……」 「ちょっと、友樹変なこと言わないでよ……!」 「こ、こわいよ……!」 ヒーローみたいだと思ったのも束の間、友樹くんははっと思い出したように言った。でも、しっかりわたしの手は繋いでくれている。その優しさが、嬉しかった。 純平さんは泉ちゃんに対して、きりっとした顔で「怖がらなくてもいいよ、おれがついてるから!」とか言っていた。無視されてたけど。 風が吹いて、木々が揺れる。それがまるで何かの生き物のうめき声に聞こえて――、とっさのことに泉ちゃんは退いて、輝二くんに抱きつく。わたしは地面とこんにちはしてしまった。 「ご、ごめん……! あと想も!」 「何でわたしに謝るの……」 泉ちゃんはわたしにまで謝った。けれど、わたしが一方的に輝二くんに甘えてるだけだから、謝られる理由が分からない。輝二くんの頬が赤くなっていたのを見たくない、なんて思う自分も嫌だった。 「今からでも遅くない、引き返そう!」 あまりのことに驚いたボコモンが言う。引き返せるものなら、わたしだって帰りたい。――出来るはずはない。ここで帰るのを選んでしまったら、拓也くんが、友樹くんがわたしを励ましてくれたことへの裏切りになる。 「どんなところか分からないんじゃぞ、生きて帰れんかもしれん!」 それは未知なるものへの恐怖だった。わたしたちにしてみれば、この世界はすべて未知だ。 わたしもボコモンの言うことは理解できる。闇に対する漠然とした恐怖が、ある。 場が沈黙に覆われたときだった。友樹くんが、何か遠くのほうの蛍みたいな光を発見した。 「灯り?」 「街かもしれない」 「よし、行こう」 わたしたちは蛍みたいな光を求め、線路沿いを歩く。 光を見つけてもまだ怖いままだったわたしの隣に、今度は輝二くんが来る。輝二くんはわたしに歩幅を合わせて歩いた。輝二くんは何も言わなかったけど、心配してくれているんだと分かったからわたしは嬉しくなる。 「ありがとう」 それだけ言うと、また静かになる。わたしたちはそれから、沈黙のまま歩いていた。 光の正体は、コケだった。純平さんが懐中電灯代わりになるというので、わたしたちはそれを一つずつ抱えて歩いた。 コケのすぐ近くに、まるで誰かが掘ったかのような洞窟があった。 「おーい、誰かいるかー!?」 「留守かしら……」 「う、うわああああっ! きっとここにいるデジモンはみんなやられてしまったんじゃ!」 怯え続けるボコモン。その時だった。暗黒めいた空を、何かが舞った。 拓也くんは勇敢に誰だ、出てこいと言う。けれど、相手は姿を現さない。――何か、恐ろしいデジモンがくるんじゃ――。 「誰だ、出てこい!」 聞こえたのは拓也くんと同じ言葉だった。見えない何かは、こちら側の言った言葉をそっくりそのまま返しているようだった。 「……幻聴みたい」 「か、囲まれた! もうダメじゃ!」 「あ、もしかして……生麦生米生卵!」 再びマネする謎の声。よく分からなかったけど、泉ちゃんはわたしたちに早口言葉を言うように進めた。素直にそれに従って、拓也くんと友樹くんと純平さんは早口言葉を口にする。 「赤巻紙青巻紙黄巻が……っ」 「赤巻紙青巻紙黄巻が……」 「同じところで間違えた!」 「そこか!」 輝二くんが素早い動きで木に向かってコケを投げつける。コケは砕け散り、そこからデジモンが顔を出す。 デジモンの名前はピピスモン。聞き取った音を反復して言うことができるデジモンみたいだった。 「性格の大人しいデジモンじゃ、見た目はちょっと怖いがの」 「よく見るとかわいいわよ?」 泉ちゃんが言うと、ピピスモンが器用にそこもマネする。ううん、あんなデジモンがかわいいわよ、って言ってる図は何かシュールだ。 「ボコモン、来て良かっただろ、闇の大陸にも普通のデジモンがいるって分かって」 「分からないことは、自分たちの足で歩き、目で確かめればいいだけのことだ」 「拓也はん、輝二はん……!」 きっとそれが世界を切り開いていく、ということなんだろう。そう思えるなんて、二人は強いな。対してわたしは、怖がってばかりいる。 「闇の大陸のページ、何も書いてないならさ、ボコモンが書いていけよ!」 「その本、デジモンのことも載ってるのよね。だったらあたしのことも書いてよ。女の子デジモン、って!」 泉ちゃんがそう言うと、友樹くんも純平さんもそれに続く。 こうして物語は語られていき、いつしか神話になるんだろうか――と、わたしは思った。 「よし、決めたぞ、わしは闇の大陸のことを書く! お前たち五闘士の伝説もな!」 「ねえ、オレのことも書いて」 ネーモンが言い出して、あとはお約束のゴムパッチン。それがおかしかったのか、皆はあははと笑った。わたしは黙っていた。 「ようし、未知なる冒険と、新たなる伝説の旅に……」 「出発!」 こうして皆は再び歩き出したのだった。わたしは少し遅れてから付いていく。 あれだけ嫌がっていたボコモンも、もうすっかり恐怖心をなくしてしまっていたようだった。 NOVEL TOP ×
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