生命は其処にあるだけで美しい
[2/4] 「ありがとう」 わたしたちは、去っていくトレイルモンさんに手を振って、はじまりの街の中心地に向かった。 虹色の大きな木があって、あちこちには植え込みもある。そこには、デジタマがいっぱい実っていた。 「さすがにここは無事じゃったな! ここをスキャンすると、新しい命が生まれなくなるからの」 「いくらなんでもデジモンがいなくなった世界を支配しても意味ないもんね!」 ボコモンとネーモンがそう言うなら、ここは確実に安全なんだろう。 ――それなら、ここよりもデータが奪われそうになってる場所に行って、その地を守ったほうがいいんじゃないか。いや、仮にここにもデュナスモンとロードナイトモンが来て、スキャンしてしまったら。 そこまで考えると、途端に怖くなった。 「この街全部が、デジタマの樹なんじゃはら!」 「へーえ!」 「赤ちゃん……」 純平さんとわたしがデジタマに触れようとしたとき、鳥の羽が飛んできた。「誰だ!」拓也くんが叫ぶと、上空から鳥デジモンさんが降り立った。 「タマゴに触らないでください!」 「待ってくれ、悪気があったわけじゃない!」 「ごめんなさい!」 「す、すみません」 庇おうとした拓也くんの後ろで、純平さんわたしが慌てて頭をさげる。 「あ、分かってくれればいいんです!」 それが、さっきの恐ろしい剣幕とはまるで正反対だったから拍子抜けしてしまう。現に、拓也くんたちはズッコケている。 彼女はスワンモンさんと言って、ここのデジタマのお世話をしているらしい。ベビーシッターさんみたいなものだろうか。一人でお世話をするなんて、大変だ。 「パタモン、どうしたの……?」 「うまれる、です!」 皆、驚いて駆けつける。 タマゴにヒビが入って、そうして赤ちゃんが生まれた。 ゼリーみたいな、おしゃぶりを付けたデジモンだった。とても、かわいい。 「新しい生命が生まれるというのは、いつ見ても感動じゃのう」 ボコモンが言った。パタモンが生まれたときも、そうだった。 終わる生命があるからこそ、新たな生命が、このはじまりの街が大切なものなのだと思った。 その時、輝二くんと拓也くんのデジヴァイスが反応した。 悪の闘士のマークが表示されているみたいだった。 「どうして反応したんだ?」 「はじまりの街には、スキャンされた悪の闘士のデジタマもあるはずじゃからの」 「じゃあ、復活するってこと?」 「……でも、魂を浄化したんだ。今度生まれてくる時は、悪いヤツと限らないぞ」 「そうかなあ」 「……あの、お取り込み中申し訳ありませんが、この子をベッドに連れて行きたいのですが……」 わたしたちが話し合っていると、スワンモンさんが赤ちゃんを抱えて言う。 皆、はっとしてスワンモンさんの跡をついていく。大きな木のなかが空洞になっていて、そこにはたくさんのデジモンの赤ちゃんがいた。何百匹もいるんじゃないか。これを一人でお世話するなんて――。 「これ全部赤ちゃん!?」 「ええ、本当なら、生まれたらそれぞれのエリアに赤ちゃんを運ぶはずなんですが……今はトレイルモンが来なくて」 どうして? と友樹くんが訊ねる。 トレイルモンさんたちは、エリアが消滅していくデジタルワールドの異変に怯えて、なかなかここに来ようとはしないのだという。ひどい。 「おかげで、私一人で大変なんです。もう、ミルクの時間ですし」 「あ。あたし手伝う!」 「ボクも」 「おれもー!」 「ワシもじゃい!」 もちろん、わたしもお世話したい、と思った。 * 哺乳瓶にミルクを入れた。哺乳瓶もミルクも人肌程度に温めたから、きっと美味しく飲んでくれるはずだ。 わたしは哺乳瓶を手に、全身真っ赤な赤ちゃんデジモンを抱えた。 「ごはんだよー、」 「ぷーう!」 赤ちゃんデジモンはごくごく飲んでくれた。自然と、笑いがこぼれる。 「この子、なんて名前の子なんですか」 「その子はプニモン。進化すると、ガブモンやエレキモンになる場合が多いんですよ」 「……そう、なんですか」 エレキモンに、なる。 浄化された生命がここに帰ってくるなら、以前デュークモンさんが倒したエレキモンさんもこうやって生まれ変わっているのかもしれないと思った。 子どもに、罪はない。 だからこそ、わたしはここにいる子たち皆を大切にしたい。 ――けれど。世界を救いたいと誓うには、わたしは非力だった。 その後、休憩をとることになり、わたしたちは原っぱで食事とお茶をいただいていた。 食べながら、皆は自分たちが伝説のスピリットを受け継いだことを話す。 泉ちゃんは、赤ちゃんデジモンを膝に乗せたままだった。そしてわたしの膝にも、さっきのプニモンがいる。かわいい、子。 「泉ちゃんも想も食べづらくない?」 「だって、ベッドに置くと泣くんだもん」 「それにかわいい子だよ、ほら」 「二人のこと、お母さんって思ってるのかもな」 「……おかあ、さん」 わたしと友樹くんの声が重なる。 純平さんは何気なく言ったんだろう。だけれど、わたしは人間界を思い出してしまう。 お父さんとお母さんに逢って、抱きしめてもらいたい。おいしいご飯を食べて、大丈夫だよ、って、言ってほしい。 空気が変わる、皆も、お母さんたちに、逢いたいんだ。 「これで……これで、よかったんだよね? 勝春たちと一緒に、帰らないで」 「ああ! オレたち、半分デジモンなんだ。デジタルワールドで、もう一度生まれたんだ」 人は、二度生まれると聞いたことがある。それがどういう意味なのかは分からないけれど、わたしはそれを思い出した。 「でも、デジモンになったから……強くなれたんだ」 「俺たち……二つ誕生日があるんだよな。人間で生まれた日と、デジモンになった日」 「そうかもしれないな」 色の闘士。シキモンもイナバモンも、わたしと共に在ったんだ。 ――もちろん、望ちゃんだって、悪の闘士ではあったけれどハクジャモンと共に在って、そしてヤタガラモンとして在り続けた。 「だから、オレたち、ここに残って、絶対にデジタルワールドを救わなきゃ! ここもオレたちのふるさとなんだから!」 拓也くんの誓いはかたく。 皆も、それに頷いた。でも、わたしはそれが怖かった。バロモンさんもエンジェモンさんも亡くなった。大地が奪われた。じわじわと、世界は滅びに向かっている。 怖い、コワい、こわい。自分で選んだはずの世界が、こわい。 「ぷう……!」 「っあ、ごめんね、プニモン。大丈夫、だよ……」 プニモンが悲しそうに泣いた。プニモンには、わたしの不安が悟られてしまったんだろうか? シキモン、イナバモン、ハクジャモン、ヤタガラモン、アメノミモンさん。 わたしは何をしたらいいの、どうすれば救われるの。答えを、教えて。 NOVEL TOP |