勇気は氷より強く
[2/4] あの子たちが去ってから、自由解散ということになった。 友樹くんはいつの間にかどこかへ行ってしまった。それだけじゃなくて、友樹くんの様子が、何だかいつもと違っていた。 「友樹くーん……」 わたしは心配になって友樹くんを探す。どうして友樹くんはずっと黙っていたんだろう。 外に出て友樹くんを呼んでいても、そう簡単には見つからなかった。 「おーい、想」 「あ、皆。友樹くん、知らない?」 拓也くんがわたしを呼んで、こっちに向かってくる。その後ろには、双子くんとボコモン、ネーモン、パタモン。 「分かんねえ。なんか友樹の様子おかしかったし、あいつらはムカつくしよー、」 拓也くんも知らないのか。拓也くんは大きなため息をつく。 わたしには、友樹くんがあの子たちに怯えているように見えた。 「想も、大丈夫だったか?」 「想ちゃんも、大丈夫だったか?」 輝二くんと輝一くんの声が重なる。二人は互いに顔を見合わせて、笑ったけれどすぐにわたしに向き直る。 「……想が怒るなんて珍しいから、な」 輝二くんがしみじみと言った。ああ、わたしは彼らにも迷惑をかけちゃったんだ。 「ああ……。ごめんね、嫌なこと聞かせちゃって」 わたしは俯いた。すると、パタモンが甘えるようにわたしの頭の上に乗っかった。わ、重い。 「何で想が謝んだよ。悪いのはあいつらだろ!」 拓也くんは鼻息を荒くさせながらそう言った。 「しかしなあ、拓也はん、想はん」 「何だよ」 「あやつらの気持ちも分かってあげなはれ」 それが出来ないから、怒ったのに。腑に落ちない、と思っていると、ボコモンはわたしたちにまた話す。 「あやつらは何も聞かされとらん。だから、あんさんらの事も知らない。だからああ言ってしまったのも、仕方ないことはら」 「シカタない、はら!」 パタモンが無邪気に答える。仕方ない、ねえ。 「でも、わたしたちが言ったことは、間違ってない、よ」 「奴らだって、自分たちの意見が正しいと思ってるだろ。奴らは、スピリットのことすら知らない。エンジェモンに守られるのが当然な奴らから見れば、俺たちはただの非力な子どもだ」 輝二くんは、彼らの視点に立って考えを言った。 ――わたしが、仮にスピリットのことも知らなくて、強いデジモンさんに護られているだけの状態で、デジモンといない子どもと遭遇したら。 わたしは、何も言い返せなくなった。黙ったままで話を聞いていたら、輝二くんはまた話し出す。 「――それにお前だって、最初からスピリットを持っていたわけじゃない。お前は、一人きりじゃここまで来れなかっただろ」 「あ……」 その輝二くんの言葉に、わたしははっとする。 あの子たち側の事情を知らないのも、誰かに守られているばかりだったのも、すべてわたし。 あんな偉そうなことを言っておきながら、わたしは感情任せになんてことを言ってしまったんだ。 スピリットを持っていなかった頃は、いつも皆の後ろを歩いていて、危険が迫れば常に誰かが守ってくれていた。 ――あの子たちが守られているだけの状況が嫌だったのは、かつてのわたしがそうだったから。自分を見てるみたいで、嫌だったからだ。 「……わたし、ひどいこと言っちゃった、かも。どうしよう」 「いや、ちゃんと気付けたのは大事なことだろ」 「そうじゃい! 誰しも、過ちを繰り返して学習していくんじゃ!」 落ち込むわたしに、二人はそう言ってくれた。 嬉しかった。――あの子たちのところに行かなくちゃ。謝らなくちゃ、いけない。 「……わたし。あの子たちにも謝ってくる」 「ああ、行ってこいよ、想」 「ボコモン、輝二くん……っ。皆、ありがとう!」 ――やっぱり、輝二くんはわたしに勇気をくれる。 輝二くんがわたしを見送ってくれて、わたしは走りだす。走りだした時、拓也くんが不服そうにため息をついて、輝一くんが苦笑いしているのが一瞬目に入った。 わたしは友樹くんを探しつつ、勝春くんたちに謝ろうと思った。 皆がいた場所のすぐ近くの建物に入った時、わたしは友樹くんを見つけた。 「あ、友樹くん……、ここにいたの」 「……想さん」 友樹くんは階段を昇った先の部屋にいて、外を見ていた。 わたしが声を掛けると、友樹くんは振り向いたけど浮かない顔をしていた。わたしはそっと友樹くんに近付く。 「ねえ、想さん……。ボクは、想さんとおんなじで、行きたくなかったのにデジタルワールドに来たでしょ」 「え、うん」 選んでこの世界に来た。けれど、友樹くんは無理やりトレイルモンに乗せられてやって来た。 ――そこまで考えて、一つのことが思い浮かぶ。友樹くんがデジタルワールドに来てしまったのは、勝春くんたちと関係があるんじゃないか。 「ボク、いじめられてた。あの日も、無理やりトレイルモンに乗せられたんだ……。それで、ずっと帰りたい、って思ってた」 「……うん」 「勝春たちが、ボクをトレイルモンに乗せた。……だから、さっき二人に会ったとき、怖くなったんだ」 無理もない。わたしが同じような立場だとしたら、きっと今頃泣き出していた。 帰りたいと泣き叫んだ友樹くんは、アグニモンになった拓也くんに助けられて。やがてスピリットを得て、この世界で歩くことを、勇気を学んだ。とっても、強い子だと思った。 「……それは、辛かったよね。でも、友樹くんは強いね、さっきも、我慢したんだよね」 「……想さん。想さんなら、こういうとき、どうする?」 友樹くんが、真剣な眼差しでわたしを見つめる。 わたしが友樹くんだったら、どうするだろう。少しの沈黙があった。咄嗟に思いつかない自分が嫌だ、仲間が困っているのに――、あっ。 そう、だ。仲間だ。 わたしがここまで来られたのは、皆のおかげだ。 「あのね、友樹くん。わたしが友樹くんなら、泣きたいくらい怖いけど、きっと勝春くんたちとも、向き合うと思う」 「……」 「それでもし辛くなったら、皆のことを思い出すんだよ。友樹くんには、拓也くんたちや、わ、わたしもいるよ。――もう、いじめられっ子の友樹くんじゃない。だって、皆友樹くんを大切に想っているもん」 わたしは、友樹くんの手を両手で包み込んだ。 その瞬間、友樹くんの瞳がぶわ、と滲んだ。涙が溢れそうになったとき、友樹くんは腕で涙を拭った。 「……想さん、ありがとう」 そうして友樹くんは笑ってみせた。そうしてすぐ笑えるのも、友樹くんが強くなった証拠だ。――わ、わたしなんか一度泣いたら全然、涙が引っ込まないんだけど。 わたしは、どういたしまして、と言った。 NOVEL TOP ×
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