勇気は氷より強く
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 あの子たちが去ってから、自由解散ということになった。
 友樹くんはいつの間にかどこかへ行ってしまった。それだけじゃなくて、友樹くんの様子が、何だかいつもと違っていた。


「友樹くーん……」

 わたしは心配になって友樹くんを探す。どうして友樹くんはずっと黙っていたんだろう。
 外に出て友樹くんを呼んでいても、そう簡単には見つからなかった。


「おーい、想」
「あ、皆。友樹くん、知らない?」

 拓也くんがわたしを呼んで、こっちに向かってくる。その後ろには、双子くんとボコモン、ネーモン、パタモン。

「分かんねえ。なんか友樹の様子おかしかったし、あいつらはムカつくしよー、」

 拓也くんも知らないのか。拓也くんは大きなため息をつく。
 わたしには、友樹くんがあの子たちに怯えているように見えた。


「想も、大丈夫だったか?」
「想ちゃんも、大丈夫だったか?」


 輝二くんと輝一くんの声が重なる。二人は互いに顔を見合わせて、笑ったけれどすぐにわたしに向き直る。

「……想が怒るなんて珍しいから、な」

 輝二くんがしみじみと言った。ああ、わたしは彼らにも迷惑をかけちゃったんだ。

「ああ……。ごめんね、嫌なこと聞かせちゃって」

 わたしは俯いた。すると、パタモンが甘えるようにわたしの頭の上に乗っかった。わ、重い。


「何で想が謝んだよ。悪いのはあいつらだろ!」

 拓也くんは鼻息を荒くさせながらそう言った。

「しかしなあ、拓也はん、想はん」
「何だよ」
「あやつらの気持ちも分かってあげなはれ」

 それが出来ないから、怒ったのに。腑に落ちない、と思っていると、ボコモンはわたしたちにまた話す。

「あやつらは何も聞かされとらん。だから、あんさんらの事も知らない。だからああ言ってしまったのも、仕方ないことはら」
「シカタない、はら!」

 パタモンが無邪気に答える。仕方ない、ねえ。


「でも、わたしたちが言ったことは、間違ってない、よ」
「奴らだって、自分たちの意見が正しいと思ってるだろ。奴らは、スピリットのことすら知らない。エンジェモンに守られるのが当然な奴らから見れば、俺たちはただの非力な子どもだ」

 輝二くんは、彼らの視点に立って考えを言った。
 ――わたしが、仮にスピリットのことも知らなくて、強いデジモンさんに護られているだけの状態で、デジモンといない子どもと遭遇したら。
 わたしは、何も言い返せなくなった。黙ったままで話を聞いていたら、輝二くんはまた話し出す。

「――それにお前だって、最初からスピリットを持っていたわけじゃない。お前は、一人きりじゃここまで来れなかっただろ」
「あ……」


 その輝二くんの言葉に、わたしははっとする。
 あの子たち側の事情を知らないのも、誰かに守られているばかりだったのも、すべてわたし。
 あんな偉そうなことを言っておきながら、わたしは感情任せになんてことを言ってしまったんだ。
 スピリットを持っていなかった頃は、いつも皆の後ろを歩いていて、危険が迫れば常に誰かが守ってくれていた。
 ――あの子たちが守られているだけの状況が嫌だったのは、かつてのわたしがそうだったから。自分を見てるみたいで、嫌だったからだ。


「……わたし、ひどいこと言っちゃった、かも。どうしよう」
「いや、ちゃんと気付けたのは大事なことだろ」
「そうじゃい! 誰しも、過ちを繰り返して学習していくんじゃ!」

 落ち込むわたしに、二人はそう言ってくれた。
 嬉しかった。――あの子たちのところに行かなくちゃ。謝らなくちゃ、いけない。

「……わたし。あの子たちにも謝ってくる」
「ああ、行ってこいよ、想」
「ボコモン、輝二くん……っ。皆、ありがとう!」

 ――やっぱり、輝二くんはわたしに勇気をくれる。
 輝二くんがわたしを見送ってくれて、わたしは走りだす。走りだした時、拓也くんが不服そうにため息をついて、輝一くんが苦笑いしているのが一瞬目に入った。

 わたしは友樹くんを探しつつ、勝春くんたちに謝ろうと思った。
 皆がいた場所のすぐ近くの建物に入った時、わたしは友樹くんを見つけた。


「あ、友樹くん……、ここにいたの」
「……想さん」

 友樹くんは階段を昇った先の部屋にいて、外を見ていた。
 わたしが声を掛けると、友樹くんは振り向いたけど浮かない顔をしていた。わたしはそっと友樹くんに近付く。


「ねえ、想さん……。ボクは、想さんとおんなじで、行きたくなかったのにデジタルワールドに来たでしょ」
「え、うん」

 選んでこの世界に来た。けれど、友樹くんは無理やりトレイルモンに乗せられてやって来た。
 ――そこまで考えて、一つのことが思い浮かぶ。友樹くんがデジタルワールドに来てしまったのは、勝春くんたちと関係があるんじゃないか。


「ボク、いじめられてた。あの日も、無理やりトレイルモンに乗せられたんだ……。それで、ずっと帰りたい、って思ってた」
「……うん」
「勝春たちが、ボクをトレイルモンに乗せた。……だから、さっき二人に会ったとき、怖くなったんだ」


 無理もない。わたしが同じような立場だとしたら、きっと今頃泣き出していた。
 帰りたいと泣き叫んだ友樹くんは、アグニモンになった拓也くんに助けられて。やがてスピリットを得て、この世界で歩くことを、勇気を学んだ。とっても、強い子だと思った。


「……それは、辛かったよね。でも、友樹くんは強いね、さっきも、我慢したんだよね」
「……想さん。想さんなら、こういうとき、どうする?」


 友樹くんが、真剣な眼差しでわたしを見つめる。
 わたしが友樹くんだったら、どうするだろう。少しの沈黙があった。咄嗟に思いつかない自分が嫌だ、仲間が困っているのに――、あっ。
 そう、だ。仲間だ。
 わたしがここまで来られたのは、皆のおかげだ。


「あのね、友樹くん。わたしが友樹くんなら、泣きたいくらい怖いけど、きっと勝春くんたちとも、向き合うと思う」
「……」
「それでもし辛くなったら、皆のことを思い出すんだよ。友樹くんには、拓也くんたちや、わ、わたしもいるよ。――もう、いじめられっ子の友樹くんじゃない。だって、皆友樹くんを大切に想っているもん」


 わたしは、友樹くんの手を両手で包み込んだ。
 その瞬間、友樹くんの瞳がぶわ、と滲んだ。涙が溢れそうになったとき、友樹くんは腕で涙を拭った。


「……想さん、ありがとう」

 そうして友樹くんは笑ってみせた。そうしてすぐ笑えるのも、友樹くんが強くなった証拠だ。――わ、わたしなんか一度泣いたら全然、涙が引っ込まないんだけど。
 わたしは、どういたしまして、と言った。
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