いちご炭酸水
 私は昔から、積極性がない方だと思う。友達を作るのも遅く、人前で立つのは苦手。だから、人の懐に違和感なく入り込める水野くんは素直に尊敬できる人だな、と思っていた。

 上履きに履き替えて階段を昇っていると、他のクラスの女の子数人と、水野くんが踊り場にいた。
 女の子の手には、ラッピングされたお菓子があった。相変わらずだな、と思った。

「おっはよー」

 教室に戻ってきた水野くんと目が合う。私に近づいてきた祐が、にっこり笑いながら挨拶をする。

「おはよう。今日は何、貰ったの?」
「クッキー。メロちゃんの型抜き買ったんだって」

 マイメロの型抜きも、ピンクのリボンが施されたラッピングも、その子は水野くんのためにわざわざ買ったんだろうな。その気持ちを思うと、こうして水野くんと話しているのが悪いような気がしてくる。
 クラスメイトの水野祐くんは、やたらと女友達が多い。チャラいけれど社交性があって、おしゃれで女の子の気持ちがよく分かる。そりゃ、好かれて当然だなと思う。私にとっても、話しやすい男友達だったりする。

「誰か一人とちゃんと付き合えばいいのに。好きな子いないんだっけ?」
「好きな子ねー。……メロちゃんめっかわだし、色んな子と喋るの好きだし、今はいいやって感じ?」
「……」

 水野くんファンの子が聞いたら落ち込みそうだ。
 水野くんはへへっ、と笑った。マイメロのマスコットを鞄に付けている姿が妙に似合っていて、なんとも言えない気持ちになる。

ちゃんは真面目すぎだって。……ほら、あの人」
「えっ、」

 水野くんが窓の先を指した。
 そう言われて反射的に先輩を探し出してしまう自分が何だか虚しい。
 私の視線の先にいるのは、吉野くんと同じ、サッカー部の先輩。去年所属していた委員会が同じだったことから、話すようになった。とは言っても、一緒に遊ぶことなんかなくって、すれ違うときに挨拶をする程度だけれど。

「LINEとかしてんの?」
「したいけど、キッカケとかないし」
「何でもいーから、作ればいいんじゃん、そんなの。何してるんですか、とか、可愛いスタンプ買いましたとか」
「水野くんは平気だろうけど、私には無理……」

 内気な私では、学校で先輩の姿を探して見ているだけが精一杯だった。

「俺なら、好きな女の子はどんどん誘っちゃうけどね?」

 そりゃ、水野くんのように行動できたら、幸せだろうけれど、ね。


*

 水野くんと話してから、数日後のこと。いつものように授業を終えて、私は帰宅することにした。
 今日は、仲の良い友達が皆部活や委員会に参加するので私一人で帰ることになった。寄り道するかどうか迷いながら昇降口まで向かうと、見慣れた後ろ姿があった。先輩だった。
 ふと、この間話した、水野くんとの会話を思い出す。キッカケは、自分で作るものだと。

「せんぱ……」

 声を掛けようとした。
 声を掛けようとしたけれど、出来なかった。
 下駄箱の影から、女の子が現れた。先輩は、その子と手を繋いで、歩いていた。確か先輩と同じ、三年生の人だった。
 挙げかけた手を下ろして、私は二人の背中を見ていた。

ちゃん、一緒に帰ろ」

 振り返ると、水野くんがいた。

*

 一人でも大丈夫とは言ったけれど、水野くんは私と一緒に帰ろうとしてくれた。気を遣わせてしまっているんだと思ったら、その誘いを無碍にすることもできなかった。流れのままにファミレスに入ってドリンクバーを頼んだ。

「見て。キャラメルパンケーキちょー美味そうじゃね?」
「……なんか、ごめんね」
「んー? なにが?」
「さっきの、あれ」

 ぱらぱらメニューを見ていた水野くんの手が止まって、私を見つめ返した。
 いつもはよく気付かなかったけれど、整った顔立ちだなと思った。

「……ちゃんがあの人を想ってた気持ちは、きれーで可愛いかったから。大丈夫」

 そう言うと水野くんは優しく微笑んでくれた。
 きれーで可愛い気持ち、っていうのはよく分からなかったけれど、恋心を肯定してくれただけで何となく救われた気持ちになった。
 水野くんは、素敵な人だ。けれど、私は顔をあげられずにまたうつむいていた。

「でね。クッキーの子、いるじゃん。隣のクラスの」
「え、うん」
「実は昨日、告白されました、でも、お断りさせて頂きました」
「……そ、そうなんだ?」

 どう反応するのがベストなのか分からなくて、きっと私は曖昧な表情だったと思う。

「あの子はきっと、優しくて、女の子慣れしてて、メロちゃんが好きな俺が好きなんだよね」
「う、うん……?」

 女の子慣れ、って自分で言うのはどうなんだろうと思ったけれど、とりあえず黙っておく。

「うん。気持ちは嬉しかったけどさ。でも、それって本当の俺じゃないから」

 本当の水野くん。……何だか、いつもと違って水野くんの表情が真面目に見えて、私はドキッとした。
 私の見ている水野くんも、本当の彼ではないというのだろうか。

「俺はね、ホントはメッチャ一途だし」
「一途、なんだ」
「うん。ガチで好きな子出来たら他の子とデートしないし。マジメじゃね」
「いや、普通は皆そうだと思うけど……」

 すると水野くんは冗談っぽく笑って「そーなの?」と返した。なんだかそれがおかしくて、私も釣られて笑ってしまう。心が楽になる感じがした。

「やっと笑ってくれた」
「うん。ありがとう」

 水野くんは社交性があって、女の子にも優しくて、面白くて。だから、彼の周りにも笑顔の人が多いんだ。きっと、水野くんは自分の振る舞いで周りが元気になるということを、自覚している。

「よーし。それじゃ、ちゃんを更に元気づけるために、今度は一緒にピューロへ行きたいと思います。今だとウィンターイルミネーションがやってマス☆」
「えっ。本当?」
「へへ。ちゃんが笑ってるトコ可愛いから、もっと見たいし?」
「え……!」

 そんな笑顔で言われたら、私はますますどう反応したらいいのか、分からなくなってしまう。さりげなく名前を呼ばれたことも、ピューロランドへ一緒に行くなんてデートみたいだなって思ってしまったことも、すべて水野くんの計算なんじゃないか。
 そのあとに飲んだドリンクバーのいちごソーダは、とっても甘酸っぱい味がした。


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