木の闘士成り代わり
 ――どうして誰も私を助けてくれないの。

 今日もまた、私は窓辺で外を見ている。私の家のすぐ目の前には公園があって、窓から顔を覗けばすぐにその様子が伺える。
 夕焼けの鐘が鳴った後の夕方の公園は、子どもたちは徐々に帰り支度を始めていた。私と同じクラスの子どももいる。私は、ただそれをじっと見ている。明日も、きっとそうだ。
 何がきっかけだったのかはもう覚えていないけれど、私はずっとクラスメイトからのいじめを受けている。いや、クラスだけじゃなくて他の学年でも――あいつはいじめても良いやつだ、なんて烙印を押されてしまっていた。
 皆から嫌われている事実が怖くて、四年生のクラス替えから遂に私は一度も学校に通えていなかった。のどかな春の日差しも、こぼれそうな桜の散る道も、すべて窓越しに見ているだけ。そして、毎日が暮れていく。
 外の景色がだんだんつらくなってきてベッドに座ると、枕元の携帯にメールが入っていたことに気付いた。

 今日は、八時半に帰ります。遅くなって、ごめんね

 それはお母さんからのメールだった。
 私の家は共働きだから、こうして両親の帰りが遅くなることなんてざらにあった。どうせ帰りが遅いのなら外食がいいなあなんて思っていると、またメールが来た。

 スタートしますか、しませんか

 本文はただそれだけで、その下にYESとNOの選択がある不思議なメールだった。
 よく分からないけれど、これが怪しいということだけは分かる。
 気味が悪いから削除しようとしたところで、間違えて決定キーを押してしまったことに気付く。

 さん。
 あなたの未来を変えるゲームがスタートしました

 変な架空請求が来てしまったらどうしよう、という杞憂よりも先に、携帯は私の名前を語り出す。どうしてそんなことが知れているのだろう。未来を変えるゲームとは一体何なのだろう。
 私の焦りを知らずして、携帯は自由が丘から渋谷に向かう電車に乗れ、と指示をしていた。

*

 どうして私はあのメールを無視できなかったのだろう。
 こんな時間に、一人で出るのも久しぶりだった。駅までの道で同じ学校の人に出遭ったらどうしようかという不安があったのにも関わらず、私は渋谷駅に降り立っていた。
 喧噪、人ごみ。久しぶりのそれに私は圧倒されていた。渋谷からは、地下鉄に乗車するようだった。
 私は、一人で地下に向かうエレベーターに乗り込んだ。閉のボタンを押したところでバンダナの男の子がこちらを見ていたことに気付く。ああ、と思った時にはもう遅かった。あの人は乗りたかったのかもしれないけれど、エレベーターは既に扉を閉め、地下へ向かっていた。
 こんな些細なことでも私は気が利かない。自分と、あのバンダナの子の鋭い視線がつらかった。

(な、なんで)

 エレベーターは谷底へ落ちるみたいにどんどん下がっていった。
 降りた先に広がっていたのも、いつもの地下鉄ホームとは異なるもの。天井がやたらと広くて、見たことのない種類の電車がたくさん並ぶ。そして、何よりも目立つのはたくさんの小学生くらいの子供たち。私と同じようにして、メールに導かれたのだろうか。
 状況をうまく理解できず立ち尽くしていると、再び携帯が揺れた。携帯からは、不審にも「最後の選択です 乗りますか 帰りますか」なんてアナウンスが流れている。


「おい、乗れよ」
 意地悪な声が耳に付いて、はっとその方を見る。男の子二人が、小さな男の子を無理やり電車に乗せていた。乗せられた方の子は、嫌がっていたけれど電車は目の前で閉まる。――きっとあの子もいじめられているんだ、と直感的に思った。
 気持ち悪かった。どうして、嫌がっていることを平然とできるのだろう。どうして、彼らは面白がっているのだろう。どうして私は何もできないのだろう。
 不快感に耐えかねた私は、気付けばその場に座り込んでいた。その時、目の前を通る人の姿があった。

「あ……」

 彼は走って、電車に飛び乗った。それは忘れもしない、あの人だった。あの時鮮明に焼き付いた炎の跡が、蘇る。――こんなところで、会えるなんて。
 彼の乗った電車は発車し、すべての電車がどこかを目指し旅立った。あのいじめていた二人組もいつの間にかいなくなっていて、まばらにいる、乗り遅れた子どもたちは帰り始める。
 私は、その場から動けずにいた。ホームは、いつしか私だけとなっていた。先ほどまでは喧噪にあったというのに、今ではもう夜のように静かだった。
 頭の中がぐるぐるする。今すぐこの場から離れたい。帰りたかった。けれど、帰ったところで何になるというのだろう。菌がうつると避けられた学校生活。汚されたランドセル。醜い言葉の綴られた手紙。誰からも嫌われている私に、居場所なんてあるのだろうか。
 私にとってただ一つの太陽であった彼は、目の前を通り過ぎていった。電車の辿り着く先に、きっと彼はいる。

「あいつに会いたいか」

 誰かの声が聞こえた。
 暗い声だった。けれど、辺りを見渡しても誰もいない。困惑している私に、尚その謎めいた声は語り掛ける。

「これはお前の未来を変える、唯一のゲームだ」
「唯一、の……?」
「ああ。お前は誰からも嫌われ、この世に憎しみを抱いている。光が欲しいか」

 光が欲しいか。しかしお前は闇夜でしか咲けない醜い花だ。誰もお前なんぞ、見向きもしない。
 その声は次々と言葉を発していく。醜い花。このひとは花に自分を重ねているのだろうか。けれど私は確かに、光に、太陽に焦がれていた。
 居場所なんてない。このままでは、水をあげすぎてダメになったいつかのカサブランカのように、腐敗していく。けれど自分ではどうしたらいいのか分からなかった。

「違う、私は誰からも嫌われている、だから、どこにも行けない」
「いや、俺がお前を赦そう。その電車に乗れば、醜いお前でも、変わることが出来るだろう」

 わたしを、ゆるす。
 このひとなら、わたしをうけいれてくれるの?

「黒い……電車」

 目の前に、電車が止まった。闇みたいな、黒い電車だった。
 何もかもがつらく、苦しかった。太陽のあの人が霞む。私はあの人のようにはなれない。でも、今ここで乗車して、少しでも陽だまりに近付くことが出来るのなら。
 自然と身体が動いていた。扉の前に立つと、ドアは音も立てず静かに開いた。私はいざなわれるようにして乗車した。

「さあ……お前は、それでいい」

 また遠くの方で声がした。これで良かったなんて私は安心してしまっていた。この選択が、全てを変えるなんて知らずに。





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前のとは別設定。
小4主人公。最寄りが自由が丘な不登校。

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