閻魔様の仕事
一週間後に名前ちゃんは消滅するらしい。
もちろん俺の人として持っていたモノってやつと一緒に。
「ここが裁きをする部屋です。あの扉から裁かれる人間達が入ってきます。」
「へぇ…」
名前ちゃんは俺に部屋を案内してくれている。
さすがに大王がいた空間は壮大で、部屋数は数え切れないくらいにあった。俺が最初に通ったあの長い廊下にもいくつも分かれ道があったし、覚え切れる量じゃない。もう覚えようなんて気はなくなって、一生懸命説明する名前ちゃんの後ろで適当な相槌を打っている。
「貴方が閻魔大王になったら好きなように作り替えたらいいんですよ。」
名前ちゃんはそう言うが、そんなことすら閻魔大王って言うのは出来てしまうんだろうか。
重そうな本を開きながら、名前ちゃんは俺の前を歩く。
彼女は俺を貴方、と呼ぶ。
そう意識してようやく俺は自分が名前を覚えていないことに気付いた。名前で呼んでよって言いたかったけれど、無いんじゃ仕方ない。残念ながら名前ちゃんは、貴方なんて新婚さんみたいだね!とふざけて笑ってくれる子じゃなかった。だから言わない。
「閻魔大王って大変かなぁ?」
「私はやったことはありませんからわかりません」
「でも秘書だったんでしょ?」
「私が全てを把握出来ていたとは思いません。一週間後には貴方が閻魔大王様なのですから、楽しみにしていたらいかがですか。」
どうせやるしかないんですから。
正しいけれど、名前ちゃんは一言多い。
「あっちが天国、こっちが地獄です。」
随分簡単に説明をしながら、名前ちゃんは左右に指を指す。
指の先の扉には「天国」「地獄」と書かれた紙が貼ってある。残念な作りだなぁと思うけれど、なんだか悪い気はしない。
「これで場所の説明は終わりです。何か質問は?」
「あれ、ここの外の説明はないの?」
「現世からここまでと、この建物の外は全て見ていると聞いていますが?」
「え?…うん…まぁ…見たけど」
じゃあ問題ありませんね、と名前ちゃんは頷いた。テキパキ。名前ちゃんに効果音を付けるとしたらそんな感じ。
なるほど、死んでからここまでが長かったのも、外に一月放置されていたのも俺に見せるためだったわけか。とりあえず納得。
「俺、ほんとに閻魔大王になるんだ…」
人を裁くときに座るイスに腰掛けてみた。少し高い場所に置かれているので座るだけで名前ちゃんを見下ろす感じになる。当然名前ちゃんは俺を見上げて、きっと人間もあんな風に俺をみるんだろうなぁなんて思った。
「ここで閻魔帳に書いてあるのを読めばいいんだね」
「そんな認識は困ります。裁くんですよ。」
「まぁ…そうだけどさ、つまりは読むんだよね?」
「違います。裁くんです。」
譲ろうとしない名前ちゃんはなんだか子供みたいでかわいらしい。サンプルで貰った閻魔帳にはなにも書いていないけど、この場所で開くと雰囲気があった。
「でもさぁ、これって機械でも出来ない?」
ふと思いついたことを言ってみる。閻魔大王のお仕事が裁きだけなのだとしたら、随分と簡単で楽なお仕事だと思った。
「貴方は閻魔大王なのですから、閻魔帳を覆したっていいんです。貴方がそう思うなら」
「あ、そうなの?」
「じゃなきゃ閻魔大王の必要がないじゃないですか。」
そんな俺の判断でいいんだろうかと思う。さっき閻魔大王になることを知った俺は人間がいい人間なのか悪い人間なのかなんて判断つかない。一定の基準で書かれている閻魔帳の方がよっぽど信頼できる気がした。
「…その人間が天国へ行こうと、地獄に行こうと本人以外になんの影響もないんですよ。」
「…辛辣だなぁ」
名前ちゃんはただ淡々という。
「だからこそ、貴方がちゃんと裁かなくてはいけないんじゃないですか」
俺が、裁いてあげる。
上から人間を見下ろして、見下して、道を示してあげる。
それはとても簡単なことだけれど、とても悲しくて難しいことだろうと思う。
「…恐らく閻魔大王は大変な仕事だと思いますけど」
名前ちゃんは俺の左側に回り込むと、ピンと背筋を伸ばして横に立った。なんとなくわかる。
きっとそこが彼女の定位置だったんだ。
「大王は、いつも笑っていましたよ」
名前ちゃんがそうやって優しい顔をするのは、大王の話をするときだけだ。