裁きを待っていた
「ここが…あの世…?」
気がついたらそこは天国でした。
なんてそんなことはなかった。
人間が思うほど天国は甘くないらしく、こっちに着いたのは向こうで死んでからずいぶん時間が経ってからだった。いろんな場所を通らされて迷った、もう死んでいるのに更に死にそうな思いもした。
だけど死んだとき着せられた白い服はどこも汚れていなかった。
せっかく死んで、ようやくこっちまできたというのに俺はちっとも裁かれなかった。 そこまで悪いことをした覚えはないし、きっと天国だと思うのに。
いくら待っても俺の番は来なかったのだ。
長い長い列に並んでも、俺はあの大きな扉の中には入れない。
ふと気づくといつの間にか列から弾き出されて、列の外にいた。列に横入りして見たけれど同じこと。俺は門の前で何日も何日も待ち続けた。
ねぇ、俺の番はいつ来るんですか?誰に聞いたらいいんだ。
こんな場所つまらない。沢山人はいるけど知らない奴らばかりだし、話しかけたところで泣くし、喚くし、暗くてイヤになる。なにをしてればいいんだ。仕方がないから列を眺めた。律儀な人間はよくわからないくせにきちんと列に並んだ。俺のように横入りするやつなんか一人もいなかった。
そんな退屈な日々が終わったのは、俺がそこにきて一月は経った頃だった。
「そこの君、おいで」
背の高い男にそう呼ばれた。
見ただけでわかる、こいつは人間じゃない。
皆が入っていくのとは違う扉から、あの大きな門の建物に入った。
俺の服装はここにきた時と同じ白い服。
彼の服は対して真っ黒だ。
「どうだった?」
「なにが?」
「ずっと彼処にいたんだろう?なにをしていたの?」
歩きながらそう尋ねてきた。なんと答えたらいいか迷ったけれど、とりあえず正直に答えた。
「あの並んでる奴らみてたよ」
「そうか」
「皆偉いよね、ちゃんと並んでさ」
「普通は並ぶものだよ」
「…それは俺を入れてくれないのがいけないんじゃないの?」
顔は見えないけれど男は笑ったみたいだった。うん、その通りだ。 そう言った。
「でも入れてやっただろう?」
「まぁね。でも他の奴らのことはすぐに入れてるじゃないか。」
「君は特別だからね」
「…特別?」
「そうだよ。…もう時間があまりないね」
長い長い廊下を男と二人歩いた。
男は言った。ずっと君を待っていたのにこういうときなんていったらいいかわからないや。彼は俺を待っていたらしい。
大きな門の隣にある普通の扉から入った長い長い廊下の先には、広い部屋があった。でもそこはただ広いだけで、なにも物がなかった。
「大王」
物はなかったけれど、人がいた。
男と同じ黒い髪をした女の子、いや、女性と言うべきか。きれいな顔をしているのに、とても怖い顔をしていた。
「名前、間に合って良かった。ほら、彼がそうだよ。よろしくね。」
「はい、大王、もうお時間が…」
女は名前、男は大王というらしい。
この状況で大王、と言えば思い当たるのは一つだけ。男を見上げると、彼は俺を見てニコリとした。
「よろしく頼むよ?」
「は…?」
「俺が誰だかわかった?」
「…閻魔大王ってやつ?」
「大当たり。」
パチン、と指を鳴らした大王は隣に立つ名前という女の頭を優しく撫でた。しかし、名前は無表情で少し頭を揺らしただけだった。
彼女もきっと、人間じゃない。
「俺、やっと裁かれるんだ?」
「いや違うよ」
「まだ何かあるの?」
「俺は時間がないから教えられないよ、詳しいことは全部名前が教えてくれる。」
「この人が?」
名前をみると目があっているのにニコリともせず、なんだかロボットのようだった。彼女の視線の先は俺じゃなくていつまでも大王だ。俺に詳しいこと教えてくれるんじゃないのか。
「っうわ!」
「あ、時間だ」
突然大王の体が光った。
慌てて俺は離れるけれど、名前は大王に駆け寄った。
大王は相変わらず笑みを浮かべたままで、光を放ち続ける自分の体をじっと見つめていた。
「さて、出会ったばかりだけどお別れだ」
「大王…!」
「うん、名前、彼のことお願いね。」
「ちょっと!俺を裁くのは?」
大王は瞳を細める。
光がどんどん強くなって、眩しい。
俺は思わず目を閉じた。
「裁くのはキミだよ、閻魔」
次に目を開くともうそこには大王はいなかった。
大王の赤い瞳だけが、やけに残る。