ぼんやりと目を覚ました。
いつの間にかソファーで眠ってしまっていたらしい。最近新調したばかりの白いカーテンから夕方の少し赤みがかった日が差し込む。

ガチャン、と玄関の扉が開いた音がする。


「…アーサー…?」

「ただいま。おい名前、ちゃんと鍵かけろっていつも言ってるだろ?」

「おかえり…あぁ、うん、今日お客様きたから」

「客?」


帰って来たアーサーは手にスーパーの袋を下げていた。夕飯の買い物をしてきてくれたらしい。最初は似合わなくて笑い転げたその姿も、今では見慣れたものだ。
私は適当な言い訳をして、ソファーに座り直した。安いソファーは固くて体は全然沈まない。そこで寝てしまったために少しだけ背中が痛かった。



「げ、フランシスが来たのか?」

「…当たり。」


机にあるワインを覗き込んでアーサーは顔をしかめた。しかし中の一本を持ち上げて、ラベルを見ると表情を一変させる。


「…ま、そこそこだな」

「アーサー、顔緩んでる。嬉しいならそう言ったらいいのに」

「ばっ!嬉しくなんかねぇよ!」

「どうだかー?フランシスさん、フランスに帰るんだって。よろしくって。」


へぇ、そうか。と何でもない風にアーサーは言う。ずきずきと胸が痛くて仕方ない。
この痛みが始まったのはいつだろう。
アーサーを見て、悲しいと思うようになったのは。


「…ん?なんだ、これ」



そう言われて、机を見た。はっとした。
アーサーの手には、あの封筒。


「っそれだめ!!!」


「うわっ!!」



バサリ、と床に写真が落ちた。私の手には封筒だけがあって、中身は床に散らばった。
あの、素敵な素敵な男の人がこちらを向いて笑っている。


「なんっだよ、名前!?



って……これ…」



「あ、…あはは…お母さんが、どうしてもって送ってきたの」


写真を封筒にさっさと戻して、とりあえず近くにあった戸棚に無理矢理押し込めた。私の馬鹿、なんでしまっておかなかったの。アーサーの顔が見れない。だってわかってるから、振り向いたらまた泣いてしまうって。


「あれって見合い写真…だよな?」


「…もう、嫌になっちゃうよね。だからね、明日ちゃんと言うから、私にはアーサーがいるから必要ないよって」


「…名前」


「お母さんも私にいい人いないって決めつけるんだもん、ひどいよね。私には、さ」


私の肩をアーサーが掴んで、無理矢理に引き寄せられた。ぐっとアーサーの指が食い込んで少しだけ痛い。ちゃんとアーサーを真正面から見ると、彼の方が泣きそうな顔をしていた。眉間に少しだけシワをよせて、両手で私を押さえた。
私は私に触れているその手を、離せないんだ。


「…行かなくて、いいんだよね?私にはアーサーがいるから、いいんだよね?」


「……っ」


そうだって、当たり前だろって、そう言って欲しかった。私が昔黙って友達と飲みにいった時、アーサー怒ったじゃない。あれは、なんだったの?
ただアーサーは黙ったまま、唇を噛み締めるだけ。


「なんで、頷いてくれないの…?」


「……俺だってそう言ってやりたい!行って欲しいわけねぇだろ!?でもっ…俺、お前のこと…」


「わかんない、わかんないよ!!なんで?なんでなの!!」


「ま、っ落ち着け!俺達は、っ…」


「っ…もう嫌だ!!アーサーが国なんて、理解できるわけないよ、だってアーサーはアーサーでしょ!?ここにいるじゃん!!」


「うぐ…っ…」



アーサーは涙目になってる。泣きたいのは私よ、本気で好きだった、大好きだった。ううん、いまだって大好き。
嗚咽が混じっていた声を整えて、ゆっくり息を吐く。

私がどうしたらいいかとか、どうなってしまうんだろうとか、本当は全部わかっていた。
私は、国と同じ時間を生きられない。

生きたいと思う、でも生きられない。
怖い、いつか自分だけ年老いていくなんて。
得られるはずだった幸せを捨てて、彼との未来を望めない。
両親や友達だってきっと賛成しない。子供も生まれない、添い遂げる家族にもなれない。だって、彼は人間じゃない。
それでも愛しているから、と言えるくらい子供じゃないのだ。
私は、全てを捨てて彼と生きていくのが、怖くて堪らない。



「…ねぇ…アーサー、フランシスさんにも聞いたの。
でもわからなかった、教えてくれる?」


「…なん、だよ?」


声は震えてしまった。

それは私の願いであり、絶対に叶わないからとわかっていて問いかける残酷な疑問だ。
でももし。

もしも彼がこの答えを持っていたなら。


それなら私は。








「…国って、どうやったらなれるの?」






(貴方と同じ時間を歩ける気がしたの)



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