「俺、人間じゃないんだ」



何もないところに手を伸ばしたり、壁と会話したり、空気を追いかけ回したりする彼だけれど、私はアーサーは幽霊が見える人なんだって思ってた。惚れた弱みってやつかな、随分と都合良い方向に考えた結果なのだけど、とうとう私は認めなければいけないのかもしれない。あぁ、こいつ電波だったのかぁ。連れていかなきゃいけないのはお祓いじゃなくて、病院だったみたいね。はは。
私が独り言のようにそう呟くと、白い頬を少しだけ上気させて、真面目に聞けよ!って怒鳴った。こっちは十分に真面目だ。ヒステリックになるのはアーサーの十八番。もう怖くもなんともない。
冷めた瞳で騒ぐ彼を眺めていると、今日のアーサーはやけに早く落ち着きを取り戻した。


「…本当なんだよ」
「そう」
「信じてるか?」
「うん、人間じゃないならなんなの?」
「国だ」


もう駄目だな。そういうオーラを出したけど、アーサーは真剣な瞳で私を見ている。私洗濯とか今日の夜ご飯の支度とか、やらなきゃいけないことたくさんあるんだけどな。無視したいけど、無視したらしたで後々更に面倒なことになるだろう。怒って子供返りしたアーサーは手がつけられない。なぁ、聞いてるか。聞いてる聞いてる。信じたか。信じた信じた。


「国…ねぇ」
「本当は日本に来たのは三十年くらい前だ。」
「は?あんた二十三歳でしょ?しかも日本に来たのは四年前って…」
「うん、だからそれは嘘だ」
「嘘って…」
「俺は人間みたいに死なないし、年も取らない」
「…アーサー、悪いけどあたしそういう冗談付き合えない」


ゆらり。アーサーの翠色の瞳が揺れた。
どきり。同時にあたしの心臓も大きく音をたてる。
彼の大きな手が、私の髪を撫でた。ふわり。優しく笑う、ほんの少しだけ悲しそうに。更に音が増していく。

(うわ、最悪)

私だって伊達に三年もアーサーの女をやってない。


「…嘘じゃ、ないんだ」


その言葉が本当かどうかくらい、すぐわかった。















「イギリス」
「正式にはイングランドだ。」



向かいに座るアーサーが入れてくれた紅茶を、スプーン山盛り三杯の砂糖と風味がわからなくなる量のミルクを入れて飲んだ。ずずず、と酷い音をたてて。時々じゃり、と砂糖を噛んだ感触がする。甘い。
普段なら耳を塞ぎたくなるくらいマナーに関しては煩いのに、今日はなにも言わない。借りてきた猫のように静かだ。


彼の嘘は壮大だった。
本当の名前はイングランド。いないはずの兄弟は三人。血の繋がらない弟も一人。
誕生日も出身地も血液型も適当で、本当はわからない。
年齢はとりあえず三桁ではないらしい。洒落にならない。四人目の彼女のはずだった私は、当然数百人目の彼女なのだろう。女好きのアーサーのことだから、こちらも三桁では足りないのかもしれない。
嘘、嘘、嘘。
今まで見てきたアーサーの全てが嘘。



「…なんで、嘘ついてたの?」
「ずっと言いたかった!でも…」
「あたしが信じてあげないと思った?」
「…う、…ごめん…」


ぽろぽろとアーサーの瞳から涙が落ちた。さっきまでは嘘だったらどうしてやろうかって考えていたのに、いまはもうどうか嘘であってくれと思ってる。

思わずアーサーの頬に手を伸ばすと、その手はアーサーの手に取られて、物凄い力で引き寄せられた。
立ち上がったアーサーに、抱き寄せられる。机にぶつかったせいで、茶色より白に近い色をした紅茶が床に広がった。私の靴下をびしょびしょに濡らすけれど、ミルクのせいでぬるくなっているそれはただ気持ちが悪いだけだ。



「ごめんっ…ごめん、名前、おれ…」

「…許してあげる。許してあげるから、もう嘘つかないでね。」


本当は信じられる自信もないのだ。
嗚咽を堪えようともしないアーサーの頭を撫でて、背中を抱いた。


「たく、さん嘘、ついたんだ…言えなかった、ずっと言いたかったっ…!」

「わかった。
ねぇ教えてよ、アーサー、あたしについた嘘のこと。ちゃんと教えて。」


彼の涙をキスで拭って、頬を両手で包み込む。こんなに温かいのに、本当に彼は人ではないのだろうか。
子供みたいに服の袖口でごしごしと涙を拭く。あのな、ともう一度アーサーは口を開いた。



「俺は、国なんだ」




それはアーサーが私に教えてくれた一つ目の真実だった。




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