何十年と月日が流れた。
私は残念ながらあのときのお見合いの相手ではなかったけれど、二十四歳の時にとある男性と結婚した。そんなにかっこいいわけでも、稼ぎがあるわけでもなかったけれど優しい人だった。
友達はもったいない、早すぎると言ったけれど後悔はなかった。もう恋愛というもの自体がどうでもよかったのかもしれない。彼がいなくなって、私達が重視した人としての幸せを早く実現しなければと、焦ったのかもしれない。
ひとつ言えるのは、私は彼と別れた後もずっと彼が好きだったのだ。

幸い子供にも恵まれたし、きっと人並みの幸せは得たのだと思う。自分でも私の人生は悪いものではないと思う。


昨年、夫が病気で逝って、子供も独立して、孫の顔も見た。
私も、体のなかに病があることを知った。

もう、やり残したことなんてない。
そう感じて私はようやく、彼のもとにやって来た。


残り少ない人生を、できる限りイギリスで過ごそうと決めた。


そこには、あの人が必ずいる。








「名前」


歳をとって、名前で呼ばれることも少なくなった。
自分の名を懐かしく思う私の前に現れたのは、見覚えのある金髪の青年。
ああ、そうだった。
本当だった。彼はまだあの頃のままで。


「アーサー」


年齢を重ねた私は、笑うことができた。
怒りも悲しみも愛しさも混ざった感情。
それでも一番強かったのは会えたという嬉しさだった。
きっとここに来れば会える思っていた、彼はイギリスなのだから見つけてくれないわけがない。わかってた。
それでも、私はこのときまでここに来る勇気がなかった。
ようやく訪れた再会にふさわしい時間は、とてもゆっくりと流れ出した。




「…ほんとに、国だったのね」
「なんだよ、信じてなかったのか?」
「信じていたけれど、どこか不安だった。本当は私と別れるための手の込んだ嘘だったんじゃないかって。」
「ひどいな」
「ふふ、仕方ないわ。でも…これでようやく信じられた、貴方、変わってないもの。」


高そうなスーツを着こなして、眩しいくらいの金髪で。懐かしい太い眉に、温かい手、男性にしては少しだけ高い声。アーサーが低く囁く愛の言葉が好きだった、なんて思い出す。


「お前だって変わってないよ」
「嘘つき。私シワだらけのおばあちゃんよ、端からみたらアーサーは良くて息子、最悪孫だわ。」
「ばぁか、恋人、だろ?」
「元、ね。」


私、結婚したのよ?と言えば知ってる、と泣きそうな顔で笑う。



「ねぇアーサー、私と別れてから好きになった子はいた?」
「お前以上に好きになれるやつなんかいねぇよ」
「じゃあ何人と寝た?」
「っ…おまえ、なぁ」
「冗談よ。」


ほんとは変態のくせに、こんな質問で顔を赤くするアーサー。私も笑った。
きっと沢山の女の子と夜を過ごしただろう。構わない。私だって同じだ。
ただ、その数えきれない夜の中で、一度くらいは私を思い出してくれていたらいい。私が誰かに抱かれる度に、アーサーを思い出したように。


アーサーの温かい手は私のシワだらけの頬を撫でる。こんなにも変わってしまった私に、変わらずに触れてくれるアーサーが、私は大好きだ。この気持ちだけはあのときから変わらずに。


「…幸せだったか?」
「もちろんよ、アーサーは?」
「俺は…お前が幸せなら、それで」
「相変わらずキザねぇ」
「うるせぇ」



きっと私には長い時間は残されていないだろう。
再会してすぐにまた私は消える、アーサーの前から。今度は、永遠に、だ。



「私の人生、悪いものじゃなかった」



心から幸せだと思ったことも何回かあった。心から不幸だと思ったことは一度もない。
沢山の愛する人に囲まれて、きっと私はとても幸せだった。
またこうして貴方に会えたことも、幸せでたまらない。
ただ、ただ、あと一つだけ望みを言っていいのなら。






「あのねアーサー、次に生まれてくるなら」











貴方と同じ、国がいいわ









貴方が私についた嘘
end.
20110805

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