私達は別れることになった。

元々私名義だった部屋はもちろん私が住み続け、アーサーはここを出ていくのだという。唐突に決まったことなのに、その日はあっという間に訪れた。

昨日の夜は最後ということで私が夕食を作って二人で食べた。その後、アーサーの淹れた紅茶を飲んで、流されるままに体を重ねた。
朝目覚めて、私を抱きしめたままのアーサーを見て、きっと彼ほど私をうまく抱く人はこれから先いないのだろうなぁと思う。だって彼は私がこれから出会う誰より経験豊富で、誰より私を愛してくれているのだ。
そんなこと、知っている。



「ほんとにそれだけでいいの?」
「ああ、なんかあれば持ってくぞ」
「ううん、いい。置いてってくれる分には、有難いし」


アーサーは小さな箱にお気に入りのティーセットを入れて、後は少しばかりの衣服だけを鞄に詰めていた。他の家具や日用品は必要ないらしい。


「…イギリスに帰るの?」
「何日かはこっちにいる。でも帰る予定だ。」
「住むとこあるの?お金は?」
「ばぁか、心配すんな。本田のとこ泊まるし、イギリスに家もあるんだ。」
「そう、だよね。」


平然と明らかになる事実。実家は下町だって聞いていたのに。
でももうそんなことどうでもよかった。
優しく笑ったアーサーの瞳はエメラルド。出会ったあの日と、彼は何一つ変わっていない。


「…じゃあ、な」

「うん」


私はアーサーに背を向けた。
がちゃり、とアーサーが荷物を持つ音が聞こえる。初めてだ、こんな気持ち。


「なぁ、名前」

「…なに?」

「ごめんな、沢山、嘘ついて」

「…嘘を付いていた時のアーサーは、人間だったね」


彼が嘘を付き続けたなら、人間になれたのだろうか。
彼が私に真実を話さなかったなら、まだアーサーは人間のままだっただろうに。でも彼が真実を話してくれた優しさをわかってるから、私は彼の選択に従おうと思う。



「アーサー、好きだよ」


「…俺だって好きだよ」





玄関の扉が開く音がする。
私は振り返らない、きっと彼の方が辛いから、私はただ受け入れる。
そう、決めたのだ。
彼でも私でもない何かのために私達は今離れようとしている。それがなんなのかはわからない、ただ、その方がいいってことを知っている。



「名前」



最後に呼ばれる私の名前。


アーサー、そう音にならない声で呼んだ。






「「さよなら」」









鉄の扉を挟んで私達は泣き崩れる。


抱きしめてくれる人なんて、もう、どこにも。



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