「おや、珍しいですね」
最近は髪の色を変えているのが主流となりつつある日本でも目立つほどの金色の髪をしたアーサーさんは、一人窓の外を眺めていた。首だけこちらに向けた彼は、なんだか顔色が優れない。
落ち込みやすい人だし、そんな彼を遊び半分でからかう友人も多いため見慣れた光景であることは確かだ。
でも、今日はどこか違っていた。
「本田、か」
「帰らないんですか?あ、待ち合わせでしょうか?」
「別にそんなんじゃねぇよ」
少しだけ口元に笑みを浮かべるけれど、瞳が笑わない。私はこんな悲しい顔をする彼を、見たことがない。
「どうかなさいましたか」
聞いてはいけないのかもしれないとも思ったが、聞かずにはいられなかった。
訪れた静寂、僅かに時間が流れてようやく彼は口を開いた。
「名前がな」
「はい」
「今日、見合いに行ってんだ」
「ああ…そうなのですか」
名前さん、随分昔から彼が大切にしている人だ。私も一度だけ会わせてもらったことがある。澄んだ瞳をした、愛らしい人だった。
その彼女が見合い、だなんて彼も気が気ではないのだろう。
「アーサーさん、お見合いはお断りすることも出来るんですよ」
「そうらしいな」
「ですから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思います」
「…違うんだ」
口元を歪めた彼の言葉がかすれる。泣くのを堪えているんだ、そうわかってハッとした。
悲しげに微笑んだ彼が直面していることがなんとなく理解出来た。
「俺は、名前の見合い、うまくいけばいいって思ってる」
「…アーサーさん」
「話したんだ、全部」
何を、とは言わなかった。
全て、なんだろう。きっと私達の存在のことや、名前さんと異なるそれ。
最近はあまり知る人間は少なくなった。昔ほど私たちが国であることを信じてくれる者はいなくなったし、私たちも知られることが良いわけではないと理解しているからだ。
「すげぇ混乱しててさ、あいつ。いや、俺もか。」
「…初めてですか、誰かに打ち明けたのは。」
「…ああ。」
「なぜ、打ち明けたのですか?」
彼も知らない訳じゃなかっただろう。人に想いを寄せ、真実を打ち明け、残酷な終わりを迎えた国があること。長い年月を生きてきた私は、数えきれないほど知っている。相手の全てを捨てさせ、相手の最期まで添い遂げた者もいれば、一緒にいることを誓っておきながら、人がただ老いていく姿に耐えきれなかった者もいる。
人間ではないのに、人間と同じ姿を持つ私たちは特異な存在だ。その私たちが人間と生きるということは、決して美しいだけではない。
「俺、二十年前に初めて名前に会った。まだ餓鬼だったけど…気になってあいつが二十歳になるまで待ったんだ。二十歳になった名前、すげぇ可愛くて、やっと手に入れられるって俺嬉しくてさ」
「…そうだったんですか」
「ずっと一緒にいたくて、すぐ一緒に暮らして、全部手に入ったら今度は、すげぇ、怖くなった」
知っている。名前さんと一緒に住んでいると聞かされた時の彼の幸せそうな顔を覚えている。
名前さんに会って、彼女もアーサーさんを好いているのだとよくわかった。きっと、それは今も続いているに違いない。
「名前がな、こんなおばあちゃんになりたいな、とかもし死ぬときが来たら、とか、そんな風に言う度怖かった。嘘付いてんの、すげぇ嫌で、いつまで名前の側にいていいんだろとか、俺といるの名前にとっては損なんじゃねぇかとか…」
「人間なら当たり前のことが当たり前じゃないんですよ、私たち…人間じゃありませんから」
「わかってる…わかってんだ…」
どうするのがいいのか、なんてよくわかっている。優しい彼は彼女の人生を犠牲にして自分の元には置いておけないだろう。
ならば、迎える終わりは一つだけ。
後は、自分の身勝手で一番大きくて手放し難い想いを、捨て去るだけ。
私も長い今までの中で何度か彼に似た思いをしてきた。だから彼がどれほど辛いかは理解出来るつもりだ。頭を抱えていたアーサーさんは、大きくため息をつく、こちらを一度だけ見て背を向けた。
長い命の中で、無駄に達観してしまった自分がこんなとき嫌になる。私が彼のように悩むことは、きっともうない。
でもどうか、彼が幸せになる道もあって欲しいと思う。
「限られた生を持つ人間と、私たち国はどちらが幸せだと思いますか」
「…俺はイギリスが好きだ」
彼はイギリスで、私は日本。
国だ。
決して願ってはならないのだ。
人になりたい、なんて。