いきなりだけど私は親と一緒に住んでいない。父親は事故死、母親は心臓の病で入院中だ。
誰もいなくて遠い実家ではなく、学校に近いアパートで一人暮らしだからもちろん光熱費食費水道代その他モロモロ自分持ち。
学費は公立高校だからそこまでかからないからどうにかなるけど、家賃だけは親の金から出している。安い家賃の所を選んだけれど、実家にいたなら掛からないお金だし、とても痛い。でも広い彼処に一人で住む痛みに比べたら痛くない。
かなり貧乏には違いないし、バイト代出来る限りの貯金はしているけれど大学にはいけないかもしれない。高校生のバイト代なんてたかが知れてるし。
「じゃあお願いね、曽良君、名前ちゃん!」
「はーい、芭蕉さんいってらっしゃいー!」
「また下手な俳句読まないでくださいよ」
「あ、五七五ですよ芭蕉さん!」
「だ、大丈夫だよ!名前ちゃんまで!」
私が住む商店街から少し離れた十字路に細道書店はある。私が選んだバイト先だ。
時給は安いけど、暇なとき勉強出来たり、夕飯をご馳走になれたりする。
店長の芭蕉さんは俳句が得意。ボランティアで俳句教室を開くほどの人で、沢山本も執筆してる。それから本に凄く詳しい。
「名前さん、後はお願いします」
「うぎゃー…曽良君字上手いねぇ。しかも線も引かずに真っ直ぐ」
「手を真っ直ぐ動かしてるんだから当たり前でしょう」
私と共にいつも店番をしているのは河合曽良君。実は私と同じ高校に通っていたりする。最初は冷たくて厳しくて死ぬかと思ったけど、ようやく最近仲良くなれてきた。
その曽良君が書いていたのは今週の新刊一覧表。真っ白い紙にズラズラ書くのは曽良君、それに絵を描いたり色を塗ったりするのは私。一年くらい前からずっとそうしている。
それにしても曽良君の字は上手い。印刷のようだ。
「毎回思うけど、これに私のふざけた絵を描いていいものか…」
と言いながら左端に色ペンで黄色いネズミを描いた。あんまり可愛くないけど、それくらいでいい。と思っている。
「いいから早く描いて貼ってください。」
「はーい、あ、はみ出た!」
「…二度は書きませんよ」
黒いズボンに白のYシャツ。そして「細道書店」の大きな字とぐったりした熊の絵が描いてあるエプロンをしている曽良君。いつ見てもイケメンだなぁと思う。
「あ、そいえば曽良君何組?私ねー」
「閻魔組ですよね」
「おぉい!!!」
「僕はC組です。」
「えぇ、ハリス先生じゃん!ずるい!」
曽良君はテキパキとレジ周りを片付け始める。店内は数人お客様がいて、皆さん立ち読み中。芭蕉さんが立ち読み許可しているから、私も曽良くんも文句いったり出来ない。絶対にやめさせて買ってもらった方がいいのに。時給上がるかもしれないし。
私の可愛いようなそうでないような絵が描かれて随分ポップになった新刊案内をレジの前にぺたりと貼る。今回は新刊が多いから絵を書く場所がなくて楽だった。ぼけーっと案内を見つめていると、お客さんが入ってくる。ちょうど帰宅時間だし、知らない学校の学生さんだった。
「いらっしゃいませー」
お客さんが来ても曽良君は挨拶もしない。言わせたとしても淡々と、無表情で言うだけだからいいけど。
「名前さん、今日はあまりやることないので好きにしていていいですよ」
「はーい。でも曽良君整理してるんじゃないの?手伝うよ」
「いえ、僕一人の方が早いですから」
「あ…あぁ、さいですか…」
曽良君は辛辣だ。しかし本人は全く気にしていない。
暇なときは自由。
それが細道書店のいいところだ。ちょうど机はお客さんから見えない場所にあるから、勉強しようが漫画読もうが自由。
「じゃ、物理やるかな!」
「教えませんよ」
「ええー…」
「ほら、お客さん来ましたよ」
「いらっしゃいませー」
こうしてゆっくり私のバイト時間は過ぎていく。
本の匂いに包まれて