機嫌の悪さは最高潮。
落ち着いてクラスメイトを見たらなんだかんだで知ってる奴は多いし、自己紹介でも良い子ばっかに見えるし、結構順調に感じた。せっかくの、一生に一度しかない学生時代。しかも弾ける高校の最後のクラス。
教卓に付くのがあいつじゃなければ、と私が唇を噛み締めた。


「はーい、じゃあHR終わり!明日から授業だから遅刻するなー?」


ひらひら手を振る閻魔が教室から出ていく。とにかくイラつく。閻魔が嫌いなわけじゃないけど、いや、変態は嫌いだけど、今日の朝の出来事がちらちら頭を過る。

顔だけは良い閻魔の本質を知らずに前で集まってきゃーきゃー言う女子。もし閻魔を知らなかったなら私もあそこにいたのか…無知って恐ろしい。


「…どうかした?」


「へ?」


「酷い顔してるけど」


自分でも間抜けすぎると思うほど情けない声が出て、同時に左隣に首を曲げると苦笑いした小野君がいた。確か、妹子君。男の癖に可愛い名前だなぁと自己紹介の時思った。
初めて同じクラスになるけど、なんとなく良い子っぽいと思った人の筆頭。


「んーん、なんでもない。ちょっと担任が嫌なだけ」

「あぁ、僕もあんまり好きじゃない」

「え、そうなの?」

「ま、いい先生だとは思うけどね。」


おー仲間がいたよ、なんて思う。冗談じゃないが閻魔先生は人気はある。見た目はああだし、生徒よく見てるし、なんだかんだで一年の時から評判は聞いていた。
好きじゃない、と言われて心の奥の奥がちくりと痛んだ気がしたけれど、すぐに忘れてしまった。大体せっかくの妹子君との初めての会話が閻魔のことってのが嫌だ。


「ねぇ携帯鳴ってる」

「お」


妹子君が視線だけで私の携帯を差した。バイブだから音が聞こえなかった。ライトがピンクにピカピカ光って、知らせる。なんとなく健気。
メールだ、相手はバイト先の子。
珍しい、メールアドレス教えたけどメールしてくるタイプじゃないのに。でも開くとそれはただの業務連絡だった。


「あー今日店長いない日かぁ」

「バイト?」

「うん、本屋さん。妹子君もおいでよ、サービス…は出来ないけど、オススメを教えるよ」

「へぇ、まぁ機会があれば行くよ。」

「来る気ないでしょ…」


妹子君は鞄に机に転がってたお茶を詰めて、そそくさと帰る準備を始める。


「私もバイト行くかぁ」

「苗字サーン!」


ギョッとして呼ばれた方を見ると、ニコニコと閻魔が手招きしてきた。嫌な予感しかなくて、妹子君に視線で助けを求めるけどシカトされた。あんまりだ。

しかたなく扉まで歩いて、低い声を出した。


「…なんですか」

「苗字サン保健委員でしょ?保健委員は保健室にお願いね。」

「今から!?」

「大丈夫、ちょっとだよ、ちょっと」


親指と人差し指をくっつくすれすれまで近付け、いかに少ないかを表す閻魔。なんだか気色悪い。

その時、私と閻魔の間を大きなスポーツバックを背負った妹子君が通った。


「あれ、妹子君部活!?」

「うん、じゃあね、苗字さん」

「頑張れー?」


閻魔の口だけの応援に妹子君はぺこりと頭を下げて行ってしまう。へぇ、運動部。見た目じゃあんまりわからないけど、妹子君は運動出来そうだ。何部だろう。それにしても運動部か。


「いいねぇ」


なんとなくそう呟くと閻魔は一瞬驚いた表情をして、すぐににこりと笑った。そして少しだけ私に近付いて小さな声で言った。


「名前、バイト終わったらうちおいで」

「えーやだよ、鬼男バイトもじゃん。てか名前って呼ぶな!」

「今日俺がご飯当番だから、クリームシチュー作る。ね?」

「…うっ……」


クリームシチューは大好物。一人暮らしだと作りにくい。数日クリームシチューになってしまうし、まず私はあまり料理ができる方じゃない。




「……絶対ブレザー返してよ!」


「うん、待ってる!」


(聞いちゃいない!)






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