私は、あの日の事を昨日のことのように思い出すことが出来る。
十数年前の出来事なんて、私にとってはこないだのことで、懐かしいとも思わぬくらいに最近の事だ。

それでもあの日のことはよく覚えている。ただ無意味に流れていた時とは違い、私の中に何か小さくて、でも大きな変化をもたらした。人間では耐えられないくらいに膨大な記憶の中、押し潰されずにずっと残る記憶。きっと無意味に流れる日々に、この記憶は消されることはないだろう。これから先も、長い年月をこの記憶と共に私は生きていくのだろう。
それくらいに、忘れたくない記憶でもあるのだ。



冥界はいつもと同じように晴れていて、沢山の魂が訪れて、沢山の魂が旅立っていった。私は其を迎え入れて、判決を出し、見送った。

そして最後に一人、小さな少女が旅に出る。そう。
あの日、私の愛した可愛い名前が、旅立ちを迎えたのだ。





「やだぁっ…やだ、大王、やだよぉ!!」


「名前、大丈夫、怖くなんてない。ほら、行こう」


私の足にすがり付いて、離れない名前を必死に説得する鬼男君を見下ろして、言い表せない愛しさが込み上げたのを覚えている。
いつもなら飛び付くほど大好きな鬼男君から逃げ回って逃げ回って、名前は声を上げて泣いた。大粒の涙を流して、ただ泣きじゃくった。


「やだぁ、いきたく、ないよぉ…!」

「…はぁ…困ったな…」

「鬼男君、大丈夫。私に任せて」


ズボンにピタリとくっつく名前を力任せに引き剥がして、抱き抱える。顔を真っ赤にして泣いて、目に涙をいっぱい貯めて私を見る。あぁなんて愛しいんだろう、ただその想いが膨れ上がるのがわかった。



「名前はね、新しい命になるんだよ」


「名前、ならなくていいもん、ここにいるもん…」


「それは出来ないんだ、名前は輪廻の……うーん、…少し難しいかな。
…名前は名前を大切に想う人達の所に行くんだよ、幸せになるんだ。」


名前はそれを聞いても首を振った。
ただ私が額に触れて、名前の転生を願えばそれでよかった。でもそれはしたくなかった。出来ないとわかっていたけれど、いってくるね、と笑って旅立って欲しかった。
そうしたら、全てに諦めがついたのに。


「…幸せなんか…ならないもん…だいおうと、おにおと一緒がいいよぉ…」


とうとう鬼男君がため息をついた。
私は笑った。

名前は前の人生で幼くしてとても悲しい人生を送った。だから世界が恐ろしいのだろう。
私は名前を地面に降ろす。
すかさず名前は私の腕を掴んだ。



「…わかったよ、名前」


「…だいお…?」


「名前が幸せになるまで、私が一緒にいてあげる」


「なっ……大王!?」



ぐっと肩を鬼男君に掴まれる。うわ、凄い力。きっと凄く怒っているだろうから顔は見なかった。
痛みに顔を歪める私を見て、名前はキョトンとした様子で、ほんと、と尋ねた。



「…ああ、本当だよ。ずっと見守っている。だから、大丈夫、ね?約束するから」


「うん!」


「…っ…」


私は名前の手をズボンから離して、そっと彼女の額に触れた。キラキラと未来の体が光を帯びる。私は名前をそっと抱き締めた。




「名前、幸せになるんだよ」


「…わかんない」





ふと心配そうに口を尖らせる名前の頭をポンポン、と撫でて、私は目を閉じた。






「彼女の生きる未来が、光に満ちたものでありますよう」








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(大王は小さな少女に恋をした)


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