「名前ー!食堂行こー?」
「ごめん、サキちゃん。今日パン買った!」
「えー聞いてないわよー」
「ごめんなさーい」


珍しいこともあるものだと思った。
苗字さんはいつも友達と食堂やら購買やらに出向いて昼食を取っているから、昼休み僕の隣は空席だ。でも今日は鞄からコンビニ袋に入ったパンを取り出す。

珍しいのはお昼ご飯のこともだけど、何より苗字さんは今日の午前中一度も机に突っ伏さなかった。毎日半分くらいは夢の中にいる苗字さんが、だ。
だからといって遊んでいるわけでもなくて、真剣に授業を聞いているように見えた。数学、古文、物理、英語、なんて眠気を誘う時間割にも関わらず。


「牛山さんと喧嘩でもしたの?」
「え?」
「いつも一緒に昼食べてるから」
「だって今日はパン買っちゃったし」
「コンビニのパン買うなら食堂の方が安いし美味しいでしょ」
「う…」


気まずそうにしていた苗字さんはわざとらしく笑って、ごまかすようにパンを頬張った。


「ちょっとね、気分が乗らないって言うか」
「…なんかあった?」


聞かない方がいいかとも思ったけれど、無意識のうちにそう言葉が出てしまっていた。苗字さんは口に残ったパンを押し込んで、お茶で流し込む。ようやく僕を見た。そして無理に表情を笑わせた。


「…私、幸せになれないなぁって思って」

唐突に飛び出した哲学的な問いに、随分重い悩みだね、なんて返してしまった。
ほんとにね、と呟いた苗字さんはどことなく真剣で、彼女がふざけているわけじゃないのはよくわかった。



「私いつになったら幸せになれるのかなぁ、妹子くん」
「僕には苗字さんは幸せそうに見えてるんだけどね」
「え、そんなことないよ!」
「そう?」


一度は反論した苗字さんだったけれど、難しい顔をして黙り込む。とりあえず今度は僕が残ったパンを口含んだ。少し甘めのカレーの味が広がる。


「…私、幸せそうに見えてる?」
「不幸な人は苗字さんみたいに笑わないよ」
「あのさ、いつ?いつ幸せそうだった?」
「え、いつ、とか言われても」


苗字さんはよく笑う人だ。まだ同じクラス、となりの席になって日は浅いけどそう思う。
男女問わず友達も多い、授業は睡眠学習しがちだけど、勉強はできない訳じゃない。頭はいいと思う。楽しそうにしている姿を幸せそう、と言い表しても問題はないだろうし、ぶっちゃけ苗字さんは寝てるときだって幸せそうに見える。彼女は多分、そんな人だろうと思っていた。


「私…幸せになったことないって思ってた」
「まぁそれは人それぞれだけどさ、結構小さなことでも幸せになれるもんだよ?」
「えー…いつだろ」
「そうだな……あー、あった、苗字さんが幸せそうだった時」


作り笑いでも、愛想笑いでもなくて、本気で心から笑った瞬間を僕は幸せなのだと感じる。なら最近もあったじゃないか、ついこの間。
苗字さんは身を乗り出して、僕に詰め寄る。

「いつ?」

「クリームシチュー」

「…え」

「クリームシチュー、ずっと食べたかったんだって僕に自慢してきたでしょ?あのとき、幸せそうだったよ。」

苗字さんは目を見開いた。
そして、困惑した表情を浮かべて、最後に言った。



「…そっか、そうかも!」



そんな笑顔で笑える苗字さんが幸せじゃないなんて、うそだ。
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