「そ、曽良くん」
「なんですか?」
「名前ちゃんが…」
「…ああ、とりあえずほっとけば大丈夫ですよ。」
レジの前に立ち、いつもからは考えられないくらい無表情で客の相手をする名前さんはまるでロボットだった。うざいくらいに毎日話しかけてくるはずの彼女と交わした会話は出勤時のおはよう、という挨拶だけ。
芭蕉さんが心配して話しかけても効果無し。表情を動かすことすらせずに大丈夫です、と呟いた。
「曽良くん、何か知ってる?」
「知らないことはないですけど」
「え!じゃあどうにかしてよ、あんな暗い名前ちゃんやだよ!」
「めんどくさい…」
「なんてこというの!ひどい、曽良くんの鬼!」
じじいのくせに僕よりだいぶ高い声で騒ぐ芭蕉さんに断罪を喰らわせる。
知らない訳じゃないのだ。
彼女が毎月第一金曜日に母親の病院へ行くことくらい知っている。だからいつもバイトに入るはずの金曜日彼女は来なかった。そして日曜日の今日、彼女はああなっている。しなれない化粧で隠しているつもりだろうが目は腫れているし、少し充血しても見えた。だからと言って僕は彼女の親しい友人でもなければクラスメイトですらないのだから、話を聞こうとするのはお門違いというやつだ。
理由くらい検討はつく。
その理由に近いのだとしたら、逆に今日ここに現れたのを褒めてもいいくらいだ。
「うう…曽良くーん…」
放っておくのが良いと言っているにも関わらず、断罪から立ち直った芭蕉さんがうるさくて敵わない。
「仕方ないですね。…名前さん」
レジに立つ彼女が声に反応した。
「…なに、曽良くん?」
「明るくやってくれないと客が減ると芭蕉さんが文句言ってますよ。」
「え、言ってない、言ってないよ名前ちゃん!!ひ、ひどいよ曽良くん!!」
「あ…ごめんなさい、芭蕉さん」
「だから名前ちゃん、芭蕉言ってないよ!」
無理矢理に笑う彼女はまだぎこちなくて、泣きそうにも見えるけれど、彼女は乗り越える人だと知っている。
だから待つだけにする。
また彼女が笑って僕に話しかけてくる日はきっとすぐに来るのだ。
「名前ちゃん、なにかあった?」
「…ちょっと…悲しいことあって…あの、」
「あ、言いにくいなら言わなくていいんだよ!でもそっか、なんか疲れてるみたいだし、今日は帰ってもいいよ?」
「…本当にごめんなさい、芭蕉さん」
「大丈夫だよ。名前ちゃん、辛いとき働かなくていいんだから、ね!」
元気だしてね、と何も知らない芭蕉さんは何も言わずに名前さんに鞄を差し出す。
申し訳なさそうにエプロンを外して、鞄を受け取った名前さんは僕にも軽く頭を下げる。
「あの、曽良くんも、ごめんね?」
「…貴女が元気にしていないと、よくなるものもなりませんよ。」
「え?」
「根拠はありませんけど。」
「…曽良くん、エスパー?」
ぽかんとする名前さんに軽く断罪を食らわせると、そこまで痛くもないだろうに額を押さえた。
「…次来る時はいつもの馬鹿みたいに幸せそうな顔で来てくださいね」
「うん…わかった。」
少しだけ彼女が笑った気がした。