「ただいまー」
「おかえり、名前!」
「夕飯ぎりぎり。さすがだね」
月に一度、彼女は母親の病院へ行く。部活でもバイトでもないのに六時を回ってからの帰宅、その日は必ず僕達の部屋で夕飯を食べるのだ。
ニコニコと笑いながら入ってくる名前を見る限り、母親の病状は良かったのだろうと思う。
「名前、お母さん元気だった?」
「うん、あのね、先生が来月には一時退院も考えましょうって言ってくれたの。」
「へぇ、良かった!」
大王と喜ぶ名前はいまにも跳ね出しそうで、どこか泣きそうな顔に見えた。
彼女の身内は母親だけだし、どれだけ大切に思っているのかも長年一緒にいてわかっている。
「すごい楽しみ、嬉しい、幸せ!!お母さん、閻魔と鬼男にも会いたいって言ってたよ。」
「確かに最近会ってないしねぇ、今度は一緒に行くよ。ねぇ、鬼男くん?」
「そうですね、久しぶりに。」
「ほんと?やった!」
「ほら未来、制服汚すといけないから着替えだけしておいで?」
「あ、そっか。行ってくる!」
一度は置いた鞄をもう一度拾って、名前はダッシュで部屋を出ていく。
僕は、名前が扉を閉めた瞬間、笑顔だった大王の表情が一瞬にして冷めるのを見た。
空気が、凍った。
持っていた茶碗もコップも置いて、僕は大王の側で立ち尽くした。
「鬼男くん」
「…はい」
「名前、嬉しそうだったね」
「え…ああ、凄く心配してましたし、嬉しいんじゃないです、か?」
「うん、…そうだよね」
次の日、命は助かったものの、名前の母親の容態が急変した。
もちろん一時退院の話は無くなった。
涙ぐむ名前を慰める大王を見て、僕はただ、嫌な予感しかしなかった。