彼女は見た目は可愛らしいし、中身も申し分ないくらい女の子らしく、しかも気取らない。気も利くし、誰にでも優しいし、でも清楚な感じを保つし。友達も男女問わず多くて、一人だった時をあまり見ない。男は余り得意ではないと公言しているけれど、それを伺わせるような行動はしない。と誉めはするが、彼女はどこか抜けていたり、突っ走ったりもするから目が離せない。
どこにでもいそうで、でも物語の中くらいにしかいない。苗字名前先輩はそう言う人だ。
「先輩の嘘つき」
「ご、ごめんって!友達にさそわれちゃって…」
「それで男と仲良くなって帰ってきたんだから友達も何もないですー。」
「あ、綾部そんな怒んないで!」
ぷく、と頬を膨らましてやればこの通り。ごめんね、と本気の瞳で訴えてくる。面白い人だ。
別に私のことなど好きではないだろうに。
「合コンなんかきらーい、とか言ってたのは誰ですか」
「え、えっと…」
「名前先輩でーす。」
さすがにこれには苦笑い。
私は名前先輩がすきだ。好き、というのにも数種類あるが私は愛だの恋だのに興味はない。一人の人間として、そこに存在している苗字名前が好きだった。
他の奴に汚されたくない、彼女の色が消えてしまうから。
「…楽しかった?」
「う、うん…」
「なら、良かったですね。」
クリームソーダをすすりながら、名前先輩と談笑するのは私の楽しみの一つだった。週一回くらいしか時間は取れないけれど、頼めば名前先輩は絶対会ってくれるから。高校時代はもっと上下関係がしっかりしていたからこんなこと出来なかったけど、大学は自由だ。
「別に彼氏が出来た訳じゃないし、友達が広がるって感じだったよ。」
「ふーん。」
「興味はないね…?」
「はい、まぁ。合コンというもの自体にはないです。」
「綾部もてるもんね…」
「ほどほどには。」
いいなぁ、なんて想ってもいないくせに先輩は口にする。名前先輩が彼氏がいないのはモテないからじゃない。彼女が作ろうとしないだけだ。
そう、彼女が必要としないだけ。
「…そういえば、その仲良くなった男って?」
「え?あ、久々知くん。私と同じ学年の。」
「…久々知…そうですか。」
名を聞けば納得出来た。大学内では関わりはないが、何かと縁のある人だ。彼は名前先輩の嫌いなタイプではないだろうし、それに。
「また、あの豆腐野郎に名前先輩を取られるんですね」
「……あやべ…?」
「…おーい名前、七松先輩が呼んでるぞ!」
「あ、はーい!」
鉢屋先輩の声がして、飲んでいたジュースを名前先輩は慌てて飲み干した。タイミングは最悪だ。
「よう、綾部じゃないか」
「あーお久しぶりです。…せっかくの名前先輩との時間が台無しですけど。」
「ごめんね、綾部、埋め合わせは今度するから!」
手を振ると名前先輩は逃げるように走っていってしまった。いじめすぎたか、それとも全てが偶然か。
名前先輩が座っていた席に鉢屋先輩が座り、変わらぬ表情でこちらを見つめていた。
「鉢屋先輩、変わらないですね」
「お前もなぁ」
「不破先輩とはまだ仲がいいんですね。こないだ見ました。」
「ま、あいつは何にも覚えちゃいないけどな。」
少し悲しそうな目をして、鉢屋先輩は言った。あの頃は見なかった顔だ、というかあの頃はあまりこうして二人で会話することもあまりなかった。
しかし、歪んでいた顔をキッと強めると彼は低い声で言った。
「…お前は、名前の最後を知ってるか?」
「なんの話やら。
…冗談です、怒らないでください。
私は知らないですけどー…」
「けど?」
「…知っている人なら知ってます。」
名前の最後、多分それはかつての話だろう。私は学園でしか名前先輩と共にならなかったけれど、その後を知る者ならわかる。
そう言うと彼は私にもわかるほど表情を大きく動かした。
「…教えてくれないか」
「いいですけど、なんでです?」
「…綾部、おかしいと思わないか?
何故俺達はあの頃のように出会い、共に学んでいるのにあの二人はそうじゃないのか。」
「名前先輩と豆腐がですか?」
言われてみればそうかもしれない。私がなんとなく感じている限り、私はあの頃とほとんど同じ友人関係を作っている。同じ学年の滝夜叉丸はうるさいし、三木もタカ丸さんも同じ位置にいる。
この鉢屋先輩と不破先輩もそうだ。あの頃と変わらない。
記憶は少し薄れてしまっているし、他の皆は覚えてもいないけれど繋がりが昔を証明している気がする。
「俺とハチが引き合わせなきゃ一生会わなかったかもしれない。」
「…余計なことしてくれましたね…」
「ああ。
綾部、なんか凄く嫌な予感がするんだ。
二人が出会ってくれて嬉しいはずなのに、なんか」
頭を抱える鉢屋先輩を横目で見て、私は思う。
(私は昔から先輩とお話出来ればいいだけなのに)
彼女という人
(運命に踊らされるなんてそんなこと)(おかしいんだ、)