「えっと…苗字名前です。」
その名前を聞いて俺は死ぬほど驚いた。それから頭を抱えた。
確かに彼女は知らない人だ、でも良く聞く名前だった。
(兵助、今日の合コンに名前が来るからちゃんと話しろよ!)
数時間前にハチに言われた言葉が蘇る。
この子だったのかよ、と口に出してしまえば彼女は少し緊張していた表情を和らげて言った。
「…もしかして、久々知くん?」
「え、俺のこと知ってるの?」
「うん、ハチ…あ、竹谷君とか三郎とかから良く聞くから。…はじめまして」
目を細めて、笑う彼女は本当に可愛くて、口から出そうになったけど慌てて止めた。
「俺、久々知兵助。ハチとかとは高校ぐらいからの付き合い……名前ちゃんもだっけ?」
「うん。クラス同じになったことなかったね、話ばっかり聞いてたよ。」
何がそんなに嬉しいのか彼女は始終ニコニコしていて、なんだが俺もつられてしまった。
小さくて、ふわふわしてて、どこからか懐かしくなる。
(…こりゃ、ハチ達がすすめてくるわけだよな)
「ハチに兵助君はいい人だよって、凄く言われてたの。やっと、会えたね」
「…ああ、俺も。」
それから無駄に酒も話も進んだ。
彼女は少し変わった娘だった。他の子のようにガツガツとした様子もないし、お酒もほとんど飲めないのだという。
俺は実は結構いける方で、楽しければ楽しいほど酒は進む。
並んでいるグラスと酔いが彼女への評価そのものだった。
「…名前ちゃんは、今日は付き合いで来たの?」
「あは…わかっちゃう?結ちゃん…あ、奥の髪の毛長いあの子に誘われて来たんだ。」
「…あー」
視線を送った彼女は先ほど連絡先を交換させられた子だ。
結構グイグイ来る子で、多少苦手意識があったので覚えている。彼女の頼みとかだと、名前ちゃんは断れなさそうだ。
「でも、兵助君に会えたから良かった。来た意味あったよ。」
「…ああ、俺も」
話題は尽きなかった。
こないだのテストがどうだったとか、友達がどうしてる、家族、目標、最近見た映画、好きな歌手、街で見かけた変な人。
普段は話さないような事まで彼女には話せた。いや、後悔は多少あるから話せてしまった、か。自分でいうのも何だが、結構この手のガードは固かったはずなのだが。
「じゃあ後は各自解散で!」
「二次会いく人は手上げてねー!」
「兵助、お前は強制参加な!!」
「…めんどくさ…」
酔ったのか元からかでかい声で言う友人に適当に片手を上げつつ、そう聞こえないように呟くと隣で名前ちゃんが笑った。
ふと横から覗き込むと長いまつげが瞬いた。こんなきれいに笑う子はあんまりいない。
「お疲れさま」
「名前ちゃんは帰宅?」
「うん、私実家だから心配かけちゃうし」
「そうか」
会費として金を払うとき、名前ちゃんの分も払った。彼女は最後まで絶対に払う、半分だけでも、と粘ったが絶対に払わせなかった。楽しかった、理由はそれだけで十分だ。
何度も何度も頭を下げて、本当に変わった子だ。周りの女が当たり前の顔して無銭飲食していくのを見ているだろうに。
「ありがとう、ごめんね兵助君。」
「いいって。気をつけて帰れよ?」
「うん、じゃあね。また明日学校で」
「あ、待った」
ふとポケットに手を突っ込んで、この言葉を女に言うのがいつ以来だろうと思いを巡らせた。
ああ、多分田舎のばあちゃんに携帯電話買ってあげて、その時かな。それか妹が引っ越した時とか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「連絡先教えてくれる?」
ミックスロード
(また重なったこの道を俺は)
(私は)