会わせたい人がいるんです、なんて曽良さんに言われた時は失礼ながらもちょっと驚きました。
曽良さんがあまり人付き合いを得意としない人だということは知っていたし、親戚ともあまり縁がないのだと聞いていたからです。でもあの曽良さんが会わせたいと言うのだから、きっと素敵な人だろうってわかっていました。


「ここですよ」


連れてこられたのはとっても大きなお宅で、私は思わずここなんですか、と曽良さんに聞きました。曽良さんが頷いて、更に私は慌てました。
だって私達、なんの手みやげも持っていませんでしたから。
私がそれを曽良さんに伝えると、曽良さんは

「ああ、そんなものいりませんよ」


といつもの無表情で言いました。
曽良さんがいいというのなら、きっといいのでしょうけど、私は不安でなりませんでした。
だってこんな大きなお宅なのに、手ぶらで訪問するなんて。きっと偉い方が住んでいるんだと思うのに。

曽良さんはお庭をずんずん進み、戸をたたくことも、呼びかけることもなく、戸を勢いよく開けました。内心私は悲鳴を上げましたが、ぐっとこらえて、小さく曽良さん、と呼びました。でもやっぱり曽良さんは大丈夫ですよ、と言うだけ。


「芭蕉さん、曽良です。いるんでしょう」

曽良さんはそう声を上げました。思い切りのいい人だとは知っていましたが、正直ここまでとは思いませんでした。というか、さすがにこれは失礼です。
その声に反応して、ドタドタと足音がしました。どうか怒られませんようにと祈っていると、少しお年を召した優しげな面もちの男性が顔を出しました。


「えっ曽良くん!?」


私は軽く頭を下げますが、同時に曽良さんは言いました。


「廊下は走らない。若くないんですから、転んだら死にますよ。」

「し、死なないよ!あれ…曽良くん今日来るって言ってたっけ?」

「言ってませんよ。でもどうせ暇でしょう」


まさか曽良さんがお約束すらしてなかったなんて…と私は一瞬血の気が引いた気がしました。 でもお二人がなんだかよく知った仲だということはわかります。
もー、と唇を尖らせている優しそうな男の人と目が合い、私はもう一度頭を下げました。


「初めてまして、名前と申します。」

「わぁ、はじめまして、芭蕉です!曽良くんが人を連れてくるなんて初めてだよ!あ!まさか曽良くんのかのじ」

「妻です」


私が微笑んでみせると、芭蕉さんはぴたりと動きを止めました。
シーンと辺りは静まり返ります。
え、と芭蕉さんは言ったきり。

しばらくして、ようやく我に返った芭蕉さんは大きな声で叫びました。


「ぇええ!!妻!?奥さん!?」

「そうですけど」

「うそぉ!だって曽良くん、芭蕉聞いてないよ!」

「言ってませんから」


曽良さんに一刀両断された芭蕉さんはしょんぼりしたようすで、うなだれてしまいました。私は慌てて謝ります。


「す、すみません!ご挨拶が遅れてしまって」

「えっ!?い、いいんだよ!いつもこんな感じだし…」

「そうですよ」


芭蕉さんはどうぞ、と私達を招き入れてくれました。途中お茶を入れてくるといった芭蕉さんに曽良さんは曖昧に返事をして、勝手に客間に向かいます。きっと曽良さんは何度もここに来ているのでしょう。

相変わらず殺風景で面白みのない部屋ですね、なんて曽良さんはまた芭蕉さんを怒らせていましたけれど、なんとなく曽良さんのお部屋に似ている気がしました。


「ねぇ名前ちゃん、曽良くんのどこを好きになったの?」


芭蕉さんはお茶を机に並べながらそう言います。ちらりと曽良さんを見るとお茶に手を伸ばしながらそっぽを向きました。妻なんだからわかります、曽良さんだって知りたいんです。
楽しげにキラキラした瞳で私の答えを待つ芭蕉さんはなんだか可愛らしくて、思わず笑みがこぼれました。


「曽良さんは、優しいです」

「ええ!?」


声を上げた芭蕉さんに曽良さんはわざわざ腕を伸ばしてデコピンを食らわせました。バシィ!とこちらまで痛くなる音を立てて繰り出されたそれに、芭蕉さんはおでこを抑えています。
でも、おでこを真っ赤にしながら芭蕉さんは優しく笑いました。


「だってよ、曽良くん」

「優しいじゃないですか」

「ふふ、そうだね」

「…気持ち悪い」

「相変わらずひどいな君はぁ!!」


思わず私は笑ってしまいました。そんな私を見て芭蕉さんはつられて笑います。

ふと、芭蕉さんが少しだけ真面目な顔をして曽良さんを見ました。


「良かったね、曽良くん」


あ、お菓子持ってくるね!とすぐに芭蕉さんは席を立ってしまいました。曽良さんは相変わらず表示を変えずにお茶を啜るだけ。
でも曽良さんがこうしてここにいるのはこの人のおかげなんだって、なんとなくわかりました。



「曽良さん」


「なんですか?」


「素敵な方ですね」


私がそういうと、曽良さんは少しだけ笑った気がしました。
目を閉じて、一言呟きます。


「…ただのクソジジィですよ」






結婚報告会
(ねぇ曽良くん、君の優しさに気付いてくれる人に出会えたこと。私はとても嬉しいんだ)



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