「はい、これで何回目?名前ちゃん」


「知らない、てか触んないで」




ほら、だから呼んだって無駄だって言ったんだ。

少しばかり頭の薄いオジサンが今来たばかりの警察官に何やら怒鳴りながら説明している。こいつが盗んだんだって、大きな声を張り上げて。その通り、間違ってない。全部原因はあたしだ。

あたしは制服姿で、唯一の持ち物だった学校のマークが堂々と入った鞄は取り上げられて中を調べられている。あたしはただそれを何を思うわけでもなく見ていて、左手はやってきたもう一人の警察に握られている。

ふと見上げれば、あたしにしかわからないように微笑む。
真っ白い手をした、背の高いこいつとは、もう会うのは四回目だ。

手を引かれてパトカーにいれられて、カーテンが閉まる。あのオジサンからの事情聴取が終わるまではあたしはここでこいつと待機。もう四回目なんだからそれくらいわかってる。



「この間も、もうしないって約束したよね?」


「忘れた」


「嘘でしょ。もー、また俺の仕事増えるじゃん」


苗字名前、と答えてもいないのにあたしの名前を書き込む。年齢も生年月日も全部。
警察官とは思えないくらい細くて綺麗な手でペンを動かす。爪だって磨いているかわからないけれどツヤツヤしている。
じっとそれを見ていると、気付いたらしいこいつと目があった。


「どうかした?」


「…別に」


「…今日もこれから警察署行って、ご両親に来てもらうよ?多分厳重注意で済むけど、お店にも後日謝りに来るんだからね」


笑いながらそういう。
もちろんしてはないけど、こいつの耳にはピアスの穴が三つも空いている。本当に警察官に向いているような奴じゃない。


「閻魔」


「こら、閻魔さんでしょ」


「なんで怒んないの」


ピタリ、ペンが止まる。
平凡な女子高生だ、あたしは。
多分裕福な方だし、充分に親からお金だって貰っている。
それでも、どうしてか手が出てしまうのだ。
お父さんには二回も叩かれたし、お母さんは毎回泣いてくれる。あたしだって、どうしようもなく情けなくて、毎回家に帰って泣いている。きっと今日だって泣くだろう。
悪いことを。
とても悪いことをしている。
その自覚は充分過ぎるほどあるのに。


「怒らないよ」


この警察官は言わない。
初めて会った時から、ずっと言わない。
やってはいけないよ、とか、犯罪なんだ、とか。あたしを責めることは一回もなかった。


「…なんで、あんた警察でしょ?」


「うん、でも名前ちゃんはご両親から厳重注意されてるでしょ?だから俺からは言うことはないよ。それとも怒られたい?」



閻魔の冷たい手があたしの頬に触れた。
心臓がうるさい。なんだか怖かった。
その瞳は笑っているのに、とても冷たい。


「ねぇ名前ちゃん、俺、駅の近くにある警察署で働いてるんだ。週六勤務、残業多いけど、水曜日だけは六時にあがれる。」


「…だから、なに」


「俺に会いたいなら、こんなことしなくたってあえるよ」


「っちが、」


閻魔はびり、と紙を破ってあたしに握らせる。

ゆっくり手を開くと、そこには十一桁の番号が並んでいた。



「名前ちゃん、捕まえた」




万引き少女



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